<前回の続き>
「婚活女の私が結婚できないたった1つの理由?」
それはカンタン!
私が何を求めていたのか、それを私自身がわかっていなかったからです。
男性に経済力や優しさや私だけ特別扱いを求めることなんて、本当はどうでも良かったんです。
なんで、当時の私がそれを求めていたかの説明が必要かもしれませんね。
私は、旧・運命の彼から新・運命の彼に乗り換えたあと、その彼と結婚の約束をして、早々に結婚をすることを求めました。
人気の式場の予約もして、約1年後に結婚をすることに決まりました。
でも、何か違ったんですよね。
男というのは、結婚が決まると女に対して、ちょっと心を許すようになるんです。
……いい言葉でいえばね。
少しダラしくなったり、それまでは頼りがいのある彼だと思っていたのが、私に少し甘えた態度をとるようになったり、記念日も雑な扱いになったり、そんなことが続いていくと、だんだんと私は、怒りというより、気持ちがどんどん冷静になっていくんです。
「あ、また手を抜いた」「あ、扱いが雑じゃない?」
って、その都度、彼に警告は出していたんです。 でも、彼はそれを冗談ととらえていたようで、ヘラヘラ笑っていましたが。
そんなダメなポイントをどんどん加算していって、ある時、100ポイントに達した時、私は彼に別れ話をしました。
「え、なんで。ダメな所があったら言ってよ」
「言ってたよ。誕生日の時も言ったし。忙しくてラインでスルーがたまにある時とか」
「え? 言ってた。わからないよ。わかるように言ってくれなきゃ、言ってないのと同じじゃん」
「恋人の気持ちを察せないようになったら、結局同じよ」
私にとって、旧・運命の彼を振って、新・運命の彼に乗り換えた以上、旧彼よりも越えていかないといけないんです。
多くの人に祝ってもらう以上、誰もが納得するような彼でなければいけない。
……今、考えれば、私は何と戦っていたんですかね。(笑)
そんなことは、どうでもいいことだったのに。
2年前のWBCのオランダチーム
それからも、私はいくつもの恋をしました。連載第一回でお話した隆二と別れてからは、不倫も二股も経験しました。
私はいつも、もっと、もっとと「何か」を求めていました。
でも、その「何か」は自分でもわかっていない。
自分でもわからない「何か」を求められても男の人は困ってしまいますよね。
私の言語能力が低いのか、それを表現することが、私にはずっと難しいと思っていたんです。
でもあるきっかけで、その「何か」の輪郭がわかりかけたことがありました。
あれは、2年前にWBCプロ野球の世界大会が開かれた時のことです。
その中の1チームにオランダ代表チームがありました。
オランダと言えば、サッカーの強豪国で知られる国です。
私は「オランダにも野球チームがあるんだ、へー」と思って、何の気なしに彼らの試合を見始めたのです。
彼らは全員身長180センチオーバーで、ごつい身体を揺さぶりながら、サッカーボールよりも何倍も小さな白いボールを追いかけながら、必死で試合をしていました。
試合は残念ながら負けてしまいましたが、彼らが野球の盛んな東アジアの国相手に奮闘し、あと一歩まで追い詰めた姿は大変印象的でした。 きっと、彼らの試合は母国ではテレビ中継もしていないでしょう、でも彼らの真摯なプレーは私の心を打ちました。
試合が終わった後、彼らは本当に悲しそうにしていました。
私の心を打ったのは、彼らが本当に野球を好きでプレーしていることがわかったからです。 きっと母国オランダでは、野球は、サッカーの何十分の一しか注目されていないでしょう。 きっと彼らは何度も聞かれたはずです。
「ヘイ、スナイデル、なんで野球なんてやってるんだい? 君の運動神経だったらサッカーをやった方がずっといいだろう?」
その度に彼らは返答に困ったでしょう。 ひょっとしたら、代表選手に選ばれるくらい活躍しても、その質問は付きまとっていたのかもしれません。
彼らの答えはきっとこうです。
「野球が好きだから」
それ以外には、特に理由はないはずです。 そして、その芯の強さに私は、どうしようもなく惹かれました。 というのも、私は、彼らに自分にないものを見つけたからです。
男性の方はご存知ないかもしれませんが、女子は生まれた時から、ある選手権に参加しています。
「誰が一番幸せな結婚をするか?」
自分は参加していないという人も、その選手権が開催されていることは知っているでしょう。
結婚するスピード、幸せ度、結婚相手のグレード、女の子の話の大半は、だいたいそんな話ばかりです。 自分のことではなくて、結婚相手のグレードで自分の価値を決めてる。
私は誇張していませんよ。 昔の同級生なんかと街で偶然出会ったら、その人の身なりや服装、子どもの有無、結婚相手はどんな人か? そういうものを瞬時に眼で測ります。
「あ、私よりもいま幸せそうだな。でも、結婚相手は工場勤務か、それなら夜勤とかあって生活は不規則かもな。それならまだ結婚していない私が勝てるチャンスはあるな」
(会場内から漏れる失笑)
幸せとは目で見えません。
だから、他人と比較して、自分が幸せであるかどうかを確認したいんです。 その選手権は、ある意味残酷です。
だって、勝者のいないレースですから。 なぜなら、死ぬ時まで結果がわからないでしょう。 いつ離婚するかもわからないし、自分が先に死んでしまうかもしれない。
だから、自分より幸せそうに見える女の人を見つけたら、とりあえず呪詛の言葉を10個くらい唱えます。
ひょっとしたら、その呪詛の効き目もあるかもしれないから、自殺したいくらい絶望な気分になっても、まだ諦めないで死なないで済んでいるんです。
30過ぎた未婚女の愉しみなんて、既婚女の離婚話くらいなものですからね。(笑)
(会場内は爆笑)
まぁ、それは冗談ですけど。
そんな思いで30代前半という貴重な時間を過ごしていたんです。
焦りと申し訳なさと開き直りの気持ちが複雑に入り組んで、自分でも、この目の前にいる男の人と本当に結婚したいのか? よくわからなくなって、結婚をキャンセルしたこともあります。
みなさんから見たら、滑稽かもしれませんけど、結婚に焦っている女の気持ちなんて、同じ立場にならないとわからないと思いますよ。
誕生日会で人数分にケーキが切り分けられたはずなのに、自分にだけ、そのケーキが回ってこない感じ。 「いいの……私、そんなにケーキが好きじゃないし」
言葉通りなわけないじゃない。正直、こんなの強がり以外何者でもない。
(会場内は爆笑)
幼馴染の佳代ちゃんは芯の強い子だった
私、幼い頃からずっと忘れられない記憶があります。 たしか私が小学2年生くらいだった時、近所の女の子たちが神社の境内に集まって遊んでいたんです。
そしたら、誰かが「花いちもんめ」をしようと言ったんです。
おそらく上の学級の女の子が学校で習ったばかりの歌遊びをしようと思ったのかもしれませんね。
そして、「あの子が欲しい」「この子が欲しい」とじゃんけんと歌を交えながら遊び出したんです。
みなさん、「花いちもんめ」って、残酷な遊びなんですよ。
友達を取り合って、取り合って、いらない子だけが最後に残るっていう……。
たしか7,8人くらいはいたので、勝ちつ負けつつしながら、(自分は欲しいって言われるかどうか)をずっとドキドキしながら待ち続けるんです。
私にとって、この遊びがトラウマなのは、初めてこの遊びをした時に、1人だけいらない女の子になってしまったからなんです。
その時、私は「わっ」と泣き出してしまいました。
自分が誰からも必要とされていない、可哀そうな女の子だって思ったら、知らずに涙を流してしまって……。
上級生の女の子も私を可哀そうに思ったのか、すごく慰めてくれました。
「じゃあ、もう1回やろう」
と誰かが言いました。
(え? まだやるの?)心の中では思いましたが、黙ってもう1回参加すると、今度は上級生の女の子たちは私に気を使ったのか、一番最初に私の名前をあげて取り合ってくれました。
私は、さっきまで泣いていたのに、いつのまにかニコニコして、誰よりも張り切って声をあげていました。
「○○ちゃんが欲しい! じゃんけんぽん!」
上級生の子たちが気を使ってくれたおかげで、2回目の「花いちもんめ」では、私は最後にミソっかすにならなくて済みました。
でも、やっぱり最後に1人だけ残る子はいます。だって、そういう遊びですから。
その時、残ったのは、私の家の隣に住む佳代ちゃんでした。 幼馴染だった佳代ちゃんは、私みたいに泣きませんでした。 どちらかというと、おとなしい女の子だったのですが、「あ~負けちゃった」と言ったあと、「別の遊びしようよ」と言うので、あっさりみんな次の遊びに移りました。
佳代ちゃんは、芯の強い女の子でした。 佳代ちゃんは、「花いちもんめ」が遊びだとわかっていたんです。
いっぱいあるうちの遊びのひとつに過ぎなくて、自分が最後に残ったことを悲しむわけでもなく、遊びに負けただけと割り切ることができたんですね。
先日、久しぶりに気になって、彼女に連絡をとったんです。
そしたら、佳代ちゃんは4人の子どもがいて、地元で幸せに暮らしているそうです。 私と同い年で4人の子どもですから、相当なハイペースで産んだのかと思ったんですけど、何か事情があったみたいで……その子たちの父親はそれぞれ違います。
20歳でできちゃった結婚をした佳代ちゃんは、22歳で離婚再婚を経験。 それから33歳でまた離婚再婚をして、現在に至るようです。
みなさん、この話を聞いてどう思いますか?
私は本人から初めて電話でその話を聞いたとき、「なんて悲惨な人生なんだろう。私は結婚相手をまだ選び中でよかった」そう思いました。
でも、佳代ちゃんは、あっけらかんとこう言ったんです。
「人生笑っちゃうくらい色んなことがあるけど、いいんじゃない。色んなことがあった方が楽しいよ」
佳代ちゃんは、私とはすでに違う遊びに参加していたんです。
他人から見て幸せになろうっていう、勝者のいないゲームからはさっさと降りて、今自分が楽しいと思える遊びをしてた。
あのWBCのオランダチームの人と同じゲーム。
他人がどう思うかはわかりませんが、少なくとも、佳代ちゃん自身は幸せだと感じて生きていました。
電話を終えると私は一気に脱力しました。
私は、冒頭に「何か」といいましたが、その「何か」はわかりました。
その「何か」っていうのはナッシング。何もないんです。
<スクリーンに手書きの映像が投影される>
たぶん、結婚に飢えてる私みたいな女は上のような形で幸せを捉えている。
でも、佳代ちゃんはきっと下のハートのような形で幸せを捉えている。
私の中心には何もなくて、周囲を確認、比較しながら、自分の幸せを捉えている。
きっと佳代ちゃんにとっては、周りは関係ない。自分の中心に自分の幸せがある。
これがきっと、私と彼女の明確な差。
私の真ん中には何もない、カラッポだと分かった時に「何か」を求めるのはやめました。
下品な話で、女の人は身体の中心に穴が開いているから、ずっと足りない気持ちを抱えていて、「何か」を求め続けるんだといいます。
まるで中国の古い妖怪のようです。
生理的にしょうがないとしても、私は自分の中心に幸せの形をおきたい。
これを読んでいる人にも、私は伝えたいんです。
自分のゲームを始めましょう。
人を呪ったりする残酷なゲームではなくて、自分が幸せになるゲームを。
WBCのオランダチームや佳代ちゃんがやっているようなゲームを。
みなさん、ご清聴ありがとうございました。
<イラスト:ハセガワシオリ>
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