嫌われる勇気

第三夜 vol.2 青年は迷う。「課題を、分離するですって!?」

承認欲求が人を動かす原動力だと主張する青年に、哲人はこう言いました。「人は他者の期待を満たすために生きているのではない」と。しかしそれでは、皆が傍若無人に振る舞ってもよいということになるのではないか!?  納得がいかない青年に哲人は「課題の分離」という考えを持ち出します。はたしてそれは、どんな考え方なのでしょうか?

 青年の苛立ちはピークに達していた。承認欲求を否定せよ? 他者の期待を満たすな? もっと自分本位に生きろ? いったいこの哲学者はなにをいっているのだ。承認欲求こそが、人が他者と交わり、社会を形成していかんとする最大の動機ではないか。青年は思った。もし、その「課題の分離」なる考え方がわたしを納得させてくれなかったとしたら。……わたしはこの男を、そしてアドラーを、生涯受け入れることがないだろう。


「課題の分離」とはなにか?

哲人 たとえば、なかなか勉強しない子どもがいる。授業は聞かず、宿題もやらず、教科書すらも学校に置いてくる。さて、もしもあなたが親だったら、どうされますか?

青年 もちろん、あらゆる手を尽くして勉強させますよ。塾に通わせるなり、家庭教師を雇うなり、場合によっては耳を引っぱってでも。それが親の責務というものでしょう。現に、わたしだってそうやって育てられましたからね。その日の宿題を終えるまで、晩ごはんを食べさせてもらえませんでした。

哲人 では、もうひとつ質問させてください。そうした強権的な手法で勉強させられた結果、あなたは勉強が好きになりましたか?

青年 残念ながら好きにはなれませんでした。学校や受験のための勉強は、ルーティーンのようにこなしていただけです。

哲人 わかりました。それでは、アドラー心理学の基本的なスタンスからお話ししておきます。たとえば目の前に「勉強する」という課題があったとき、アドラー心理学では「これは誰の課題なのか?」という観点から考えを進めていきます。

青年 誰の課題なのか?

哲人 子どもが勉強するのかしないのか。あるいは、友達と遊びに行くのか行かないのか。本来これは「子どもの課題」であって、親の課題ではありません。

青年 子どもがやるべきこと、ということですか?

哲人 端的にいえば、そうです。子どもの代わりに親が勉強しても、なんの意味もありませんよね?

青年 まあ、それはそうです。

哲人 勉強することは子どもの課題です。そこに対して親が「勉強しなさい」と命じるのは、他者の課題に対して、いわば土足で踏み込むような行為です。これでは衝突を避けることはできないでしょう。われわれは「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要があるのです。

青年 分離して、どうするのです?

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嫌われる勇気

岸見一郎 /古賀史健

「世界はどこまでもシンプルであり、人はいまこの瞬間から幸せになれる」――古都のはずれに、そんな持論を語る哲学者が住んでいました。人間関係に苦悩し、人生の意味に悩む「青年」は、到底納得することができず、その真意を確かめるべく哲学者(哲人...もっと読む

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コメント

porpor35 自分の課題と他者の課題とを分離して考えることで、自分の人生はシンプルになる。 約5年前 replyretweetfavorite

kusanagikenta 自分の思う通り動かなかったとしても、そこに愛はある。「自分の課題」と「相手の課題」の差。 約5年前 replyretweetfavorite

fumiken 【7日間無料】アドラー心理学の鍵概念、「課題の分離」です。⇒ 約5年前 replyretweetfavorite

kobeni 「哲人 自分を変えることができるのは、自分しかいません。」 約5年前 replyretweetfavorite