第1回 春

音浜高校合唱部の部長になった未来(ミク)。新入生歓迎会で部長の挨拶をしなければならないのだが、なんとも気が重い様子…。
大ヒットボーカロイド小説『桜ノ雨』シリーズの第2弾『桜ノ雨 僕らが巡り逢えた奇跡』の一部を紹介します。シリーズ最新刊『Fire◎Flower』も発売中!

前作「桜ノ雨」のあらすじ

 音浜高校には、ハルという男子生徒が作った『桜ノ雨』という合唱曲があった。
その曲に惹かれるように、合唱部には様々な生徒が集まってくる。
ひょんなことから合唱部に入った一年生の鈴(リン)と蓮(レン)。
ハルに憧れる二年生の未来(ミク)。
最高学年として部員と始動するハルと瑠華(ルカ)。
それぞれが合唱部を通して、恋に進路に、悩み成長していく。
そしてハルの卒業直前、未来はハルへの恋心を自覚するのだが—。

♪『桜ノ雨』動画はこちらから♪


『桜ノ雨』   作詞作曲:halyosy

 


  春

 年季の入った音楽室でわたしは一人、何度も予行練習をしていた。
 三十分後、わたしは新入生たちに挨拶の言葉を述べなければならない。
 広い体育館の壇上で、音浜高校合唱部の部長として。
 やっぱり緊張する。絶対するよ。
 スー、ハーと呼吸を整えながら、去年のこの日を思い出す。
 ハル先輩は緊張した様子もなく、約二百人の前で平然と挨拶してたっけ。
 あのどこか耳に残る、優しくて心地よい声で—。

 ガタッ。
 不意に立てつけの悪い扉が開いた。その隙間から白いリボンがひょこっと飛び出す。
「未来先輩はっけーん!」
 顔を覗かせたのは、二年生になったばかりの元気な後輩、鈴だった。
「やっぱりここにいたんですね」
「うん。校内じゃいちばんここが落ち着くから。……って、あれ? もう集合時間だった?」
「まだですよ。蓮につきあって来たもんだから、アタシも早く着いちゃって」
 鈴は紙パックのオレンジジュースに、プツッとストローを刺しながら、壁にもたれかかった。
「で、なんとなく購買に行ったら、パン屋のおじさんが“新部長さんなら、さっきネギトロまん買ってったよ”って」
「あ……!」
「去年の夏、みんなで一緒に帰ったときも食べてましたよね」
「あはは……。ふしぎな味なんだけど、なんだか無性に食べたくなるときがあって……」
 実は何度かリピートしていると話すと、鈴が笑った。
「ハマっちゃったんですね」
 でもアタシはやっぱ無理だなー、と言いながら、鈴は長椅子に腰を下ろした。
 彼女の定位置だ。
 そして同じく二年生になった幼なじみの蓮と、いつも並んで座る長椅子である。

「それで蓮は?」
「体育館です。なんか新入生歓迎会の準備係になっちゃったとかで。たしか緞帳の上げ下げやるとか言ってたかな?」
「そうなんだ」
「あ、でも。合唱部の紹介のときは誰かにお願いするみたいなんで。客席からしっかり見られるって言ってました」
 鈴の言葉にハッとした。そうだった。
 その紹介にて、わたしは挨拶の言葉を述べなきゃいけないんだった。新入生および全学年の生徒に向けて。
「はあ……」
 思わず心の声が漏れる。
「はあ……?」
「な、なんでもない」
 わたしは悟られまいと視線を泳がす。でも鈴は逃がしませんよと顔を近付けてきた。
「もしかして気が重い、とかですか? 部長の挨拶?」
「……え。えっと」
 すると鈴は、ぷぷぷっと吹き出した。
「もー、未来先輩ってホントわかりやすいですよね」
 顔に答えが書いてあると言われ、わたしは顔を隠すように頬をおさえた。
「大丈夫ですよ。未来先輩は、アタシたちが選んだ部長なんですから」
—……」
「ハル先輩に続く部長は、やっぱり未来先輩しかいない、って。みんなで出した答えなんですから!」
「……う、うん」
 何と返していいのかわからないけど、ひとます御礼を言うことにした。
「ありがとう、鈴」
「どーいたしまして」
 鈴はにこっと笑う。
 でもそんな表情を見たことで、先ほどの不安が少し和らいだ気がした。鈴は周りを明るくするパワーを持っている子だ。

「ところでその白いリボン、初めて見た」
「あ、気がついてくれました? これお母さんが作ってくれたんです!」
「へえー。やっぱさすがお母さんだね。鈴に似合う色とかカタチ、わかってる」
「へへっ。ありがとうございます。超ーお気に入りなんです!」
 黄色いラインの上履きがはずむと同時に、頭の天辺にとまっているリボンもぴょんと跳ねた。
「あ! そーだ。未来先輩もちょっとイメチェンしたらどうですか? ほら、見た目を変えると、気分もぱーっと変わるじゃないですか? そしたらさっきの不安もふっ飛ぶかも?」
「……イメチェンかあ。そうだねえ」
 実は小学生のときから同じ髪型だ。
 それを言うと、まじですか!? と鈴は大きな目を丸くした。
「だ、ダメかな?」
「いやー…、ダメではないですけど。ふつー、どっかで飽きたりしません?」
「うーん。でも二つ結び、ラクだし」
「え? そこですか?」
 くるんとした目が今度はジトっとした目になる。ほんと鈴は表情が豊かだ。
 そんな話をしながら、わたしたちは音楽室を後にした。

   ♪

 新入生歓迎会での挨拶は、練習のしすぎで途中から声が裏返ってしまった。けれど、一緒に舞台にあがってくれた部員たちのフォローもあり、何とか最後まで言い終えることが出来た。
 でもやっぱりハル先輩のように、かっこ良く、新入生の心に響くようなことは言えてなかった。
 それゆえ、その日は帰宅後すぐにベッドに突っ伏し、自分の不甲斐なさに手足をバタつかせていたことを覚えている。

「とりあえず見学だけでもいいから、第二音楽室に足を運んでほしいです」

 そんな締めの言葉を思い出しながら、わたしは新入生が来てくれることを心から願っていた。
 だが一週間経っても、見学者が来る気配はない。落ち込んだわたしは、屋上で同学年の友梨に泣き言を言っていた。
「やっぱり、わたしのアピールが良くなかったからだよね……」
「ん—…」
 友梨とは過去にほんの少しだけ揉めたようなこともあった。でも今はまったくその素振りはない。
 クラスは違うけど、週二回は必ずお昼ごはんを一緒に食べており、今がちょうどそのときだった。
 友梨はお手製のダシ巻き卵をほお張りながら言う。
「や、未来の言葉は別にわるくなかったと思うで? 聞いててわかりやすかったし」
「……ありがと」
「でもやっぱりハル先輩の挨拶のほうが、なんかこう、ビシッと決まってた記憶はあるかなあ」
「……う」
 それはそうだよ。

「確かハル先輩は『桜ノ雨』の歌詞に近いことを言ってたんだっけ?」
「うん。それ聞いて、鈴は合唱部に興味を持ったって」
「へえー。あの鈴を引き入れたとは、やっぱ偉大な曲やなあ。今じゃネットでも流れてるらしいし」
「ネット?」
「何や? 知らんのか?」
「あー…。うちの回線遅くて。あんまネット見られないんだ……」
 聞くと巨大動画サイトに『桜ノ雨』の“弾いてみた”や“歌ってみた”が投稿されているらしい。
 合唱コンクールで曲を知った人が最初にピアノの独奏を投稿したらしく、そこから演奏者や歌い手に拡がっていったそうなのだ。
「いちばん人気の投稿だとミリオン突破、だっけかな?」
「ミリオン?」
「百万ってことやろうな」
 思わず口元に持っていったウインナーが止まった。
 そうなんだ。改めてハル先輩の影響力を知り、誇らしいような、でもどこか胸が苦しくなるような、何とも言えない気持ちになる。
 わたしはそっとポケットの中に手を差し入れる。そこには小さな巾着袋があった。
 中身は第二ボタン。卒業式にハル先輩から貰ったものだ。

 あの日から、わたしはずっとこの第二ボタンを持ち歩いており、今では秘密の御守りとなっていた。
 不安なとき、つらいときは、いつもこの御守りをぎゅっと握るようにしている。そうすると、心のざわめきが、少しだけ消えてくれるような気がするのだ。わたしは祈るような気持ちで御守りを握ってみた。でも今日の不安は消えてくれない。
 わたし、ハル先輩みたいな部長になれるのかな。
 みんなに慕われて、いろんな人に曲も愛される、そんなすごい部長に。
—……」
—未来、未来? 食べないと昼休み終わってまうで?」
「……あっ」
 予鈴が鳴り始めた。わたしは急いで残りのおかずを口にかき入れる。そんなわたしの顔を友梨はまじまじと凝視するように見ていた。
「な、何?」
「あー、うん。ちょっと気になってな」
「ん? 気になるって。あ……、ウインナー?」
「ちゃうわ! ええっと、あー…。二つ結び、少し高い位置にしたんやな?」
 その通りだった。鈴に髪型についてつっこまれ、わたしなりに考えたイメチェンがこれだった。
「へ、変かな?」
「いいや、可愛いんちゃう? 元気な感じでええよ」
 髪型にはうるさい友梨がOKなら大丈夫だ。
 この調子で新入生の問題も、するっと解決してくれればいいのに。

 

 

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ケイクス

この連載について

桜ノ雨 僕らが巡り逢えた奇跡

雨宮ひとみ /halyosy

「もしも、初音ミクが女子高生だったら・・・」で話題となったボーカロイド小説『桜ノ雨』シリーズ。第三弾として、スピンオフ作品『Fire◎Flower』が8月28日に発売されました。 それを記念して、シリーズ第2弾にあたる『桜ノ雨 僕ら...もっと読む

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