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「こいつが男だったら、俺とっくにキレてるな」翔太は心の中でそう思った。さっきまでの教室での対話で、詩織が優秀な頭脳を持った数学オタクであることはよくわかった。しかし、まがりなりにも6年間社会人として働き、毎月そこそこの給料をもらい、贅沢もせず堅実に貯蓄し、お金の不安はないと自分では思っていた翔太にとって、まだ大学生にもなっていない少女の言葉は、さすがにプライドが傷ついた。
しかし、ここで怒鳴っては負けだ。翔太はあくまで平静を装い、ほんの少しだけ笑顔を作りながら「まあ、ちょっと座るか」とテーブルを指差した。
「お金の価値観? お金はお金だろう」
「なるほど。お金はお金……」
「何だよ?」
「なぜ人々にはお金の不安があるのか。先ほどのこの問いの答えは?」
詩織の相変わらず高圧的な態度にイラつきつつ、翔太は自分からテーブルに誘ってしまった手前、しぶしぶ詩織の〝お金論〟に付き合うことにした。二人しかいない学食には、相変わらずおばちゃんの笑い声が響いている。
「なぜ人々にはお金の不安があるのか。俺が思うに、一言でいうなら〝足りなくなることへの恐怖〟かな」
「なるほど、本質的な回答ですね。私も同意見です」
詩織の意外なコメントに拍子抜けする翔太。しかしここからが詩織の〝お金論〟の始まりだった。
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