この世でなすべき事をなしたと思ったら来い」|意気軒高(七) 3

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

 坂下門外の変への関与を疑われた中野は、幕府の捕吏に捕まって獄死した。変について中野は知っていたようだが、関与は全くしていなかった。中野は獄死の直前、時論『固本盛国策(こほんせいこくさく)』を佐賀にいる大木喬任に送った。おそらく牢に面会に来た佐賀藩士に託したのだろう。この著作には誰よりも早い倒幕論が展開され、後に書かれる大木や江藤の著作中でも引用されることになる。

「八太郎、あれを取ってくれ」

 空閑が床の間に置かれた脇差を指差す。

「分かった」と言いつつ大隈が渡すと、空閑は震える手で、刀袋からその刀を取り出した。

「この刀は先祖伝来の名刀で、わしが実家から養家の空閑家に入る時、父上がくれたものだ」

「ああ、知っている。何度も聞いた話だ」

 その金の象嵌が施された脇差は「牛切丸」という銘で、空閑が養子入りする際、父の山嶺真武から下賜されたものだった。

「あらためて見ると美しいな」

「ああ、そうだな」

 空閑がうっとりとした顔で、「牛切丸」を見つめる。

「かつてわしは『四柱神』の話をした」

「ああ、覚えている」

 空閑は「日本を維持する四柱神」として、大隈、島義勇、自分、そして諸岡廉吉の名を挙げていた。

「若気の至りだった」

「何を言う。共に『四柱神』になろうではないか」

「ああ、そうありたいが、わしの道はここまでだ。これを—」

 空閑が「牛切丸」を示す。

「そなたにやる。だから、わしの分もこの国に尽くしてくれ」

「何だと—。これほどの名刀をもらうわけにはいかん。もしも—」

 大隈が言葉に詰まりながらも言う。

「そなたが死したら、実家の兄上に返すよう取り計らう」

「いや、兄上は剣術師範にすぎぬ男だ。この名刀を持っていても役には立たぬ。それよりも、この刀はそなたが持つべきだ。心が挫けそうになった時や『もうだめだ』と思った時に、この刀を思い出せ。この刀身を見れば、必ず英気が漲る」

 大隈に言葉はなかった。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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