国家という観点から物事を考えねばならない|意気軒高(五) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

「世の中は変わる」

 平野が第一声を発する。

「嘉永六年(一八五三)の黒船騒動以来、幕府は開国へと舵を切り、諸藩もその動きに同調するようになった。貴藩はいち早く鉄製大砲を鋳造し、外夷の侵攻に備えようとした。その考えはまことに天晴れ!」

 平野が一拍置く。

「しかし何事も夷狄の風習に倣うのは間違っている。古代から日本には美しき風習がある。そうした古式を尊ぶ姿勢なくして夷狄の風習を取り入れれば、日本人は魂を失うことになる。天皇を頂点とした新たな国家を築く上でも、古式を重んじることは何よりも大切なのだ」

 平野は尚古主義を掲げ、純度の高い尊皇攘夷思想を論じた。その姿勢には襟を正すものがあったが、もちろんすべて同意できるものではない。

 神陽が問う。

「ご高説、傾聴に値します。では諸国の事情に精通している平野殿は、今後の世の中の動きをどう見ていますか」

「幕府はなくなり、早晩、天皇を中心にした政体に取って代わられるでしょう。もちろん天皇は象徴ゆえ、執政の座に誰が就くかが重要です。将軍はもとより公家連中で、その任に応えられるものはおりません。強いて挙げれば、松平春嶽公、伊達宗城公、そして貴藩の鍋島閑叟公でしょう。ただし大名出身者も細かいことまで精通しておらぬので、執政には適していません」

「では、平野殿の見立てでは、誰がその任に耐えられるとお思いか」

「おそらく」と言って遠い目をした平野は、ゆっくりと腕組みすると続けた。

「一人しかおりません」

「一人と仰せか。いったいその御仁は—」

 平野は大きく息を吸い込むと言った。

「薩摩の西郷吉之助」

「おお」というどよめきが起こる。

 —西郷吉之助か。

 大隈もその名は聞いたことがある。

「その御仁は、よほど頭が切れるのでありましょうな」

「いや」と言って平野がにやりとする。

「なまくら、と言ってもいいでしょう」

「えっ、なまくらと—」

 神陽が啞然とする。

「はい。なまくらはなまくらでも、一度鞘から放たれると、鉄でも断ち切ります」

「いったいどういうお方か」

 西郷という男の面影を思い出すかのように、平野が瞑目して言った。

「黙って相手の話を聞き、時にはうなずくだけで己の考えを述べず、『ご高説、たいへん役に立ちもした』と言って頭を下げることもあります」

「では、どのような考えか分からないではありませんか」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と...もっと読む

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