秋風吹き始める頃、久しぶりに帰ってきた息子に、たまには一緒に買い物に行こうとご提案。けんもほろろに「しんどいから無理!」と言われる。
玄関で立ったままの押し問答があかんかった。体重をやっと支えていた体が、怒った瞬間、バランスを崩しパタン! なにかにつまずく、なにかで滑ったわけではない。まるで見えない誰かに技をかけられたように、私は突然右頰から倒れた。
目の前の母に息子はリアクションなし。私は「あんたが買い物にすっと付き合ってたらこんなことには」と顔面を押さえて「痛い」と泣きわめく。
「おかん。おっ、俺、なんにもしてへんで。一ミリたりとも触れてない。あーあーどこ打ってん。なにしてほしいん。とりあえず冷やすか」と、まるで子ども扱い。ばつが悪いのと痛いのと腹が立つのと......。「なに、馬鹿にしとん? だいたいな、あんたは冷たいねん......。私一人で買い物にも行かれへん......」と日頃の不平不満をぶちまける。
自分でも自分が手に負えなくなってるやん。あーあー。息子の前でだけ、なんでこんなお顔が出てくるんだろう? 心の底で声がする。甘えたい......。「とりあえず、落ち着こう。下で冷えピタ買ってくる」と私をベッドに座らせる。鼻血ぽたぽたなんて何年ぶりだろうか。やっちまったぜ。次に息子が帰って来るのは正月かな? と我に返る私。その頰に息子は冷えピタを貼る。
「にいちゃん」「わかっとるよ。寂しいんやろ。でも、おかんが選んだんやんな。仕事辞めることも、書いて生きることも!」私はなにも言えない。息子は諭すような口調で「こっちはこっちでなかなか大変なんよ。どこにでも行けるってお前言うけど、それはあっちにもこっちにも行かされることやねん。いつも誰かといっしょっていうけど、それはいつも誰かに気を遣ってるっていうことやねん。俺かて日々すり減っててへろへろやねんで。こないだぶっ倒れたの知ってるやろ。そっちはそっちで違う大変さもあるやろけど、俺から見たら、正直羨ましいと思うで。おかんはこれから楽しむだけ楽しんだらええねん。ご縁があったらまた働くのもあり」
「でも、独りじゃー」と涙ぐむ。「そこは。まあしゃーないわ。一人で楽しめること。たとえば犬を飼うとか楽器を始めるとか」「だって動くのが怖いんやもん」と口をとがらす。最近は家の中で転び、しょっちゅう青あざを作っている。「おかんの後ろ姿を見て、なんか憑いてきたんちゃう?」「もーう、怖いこと言わんとって」と生まれて初めて玄関に盛り塩をした。だけど、歩かなければ転ばない。立たなければひっくり返ることはない。そういえば、小さい頃は毎日のように転んでたな。仕事を始めた頃も、毎回失敗してた。
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