嫌われる勇気

第一夜 vol.3 青年は告白する。「わたしは自分が大嫌いだ!」

哲人はあくまでも「人は変われる」を前提に考えよ、と言う。そうすれば原因論などありえず、目的論に行き着くはずだと。しかし、過去は変えられないではないか。だからこそ、この生は苦しいのではないか。いきなり「トラウマを否定せよ」と言われたところで、受け入れられるはずもない。納得のいかない青年はあらためて食い下がる。彼の関心事は「わたしは変わることができるのか?」だった。

 青年は哲人の書斎をぐるりと見渡した。壁一面が本棚に覆われ、木製の小さな机の上には書きかけの原稿らしきものと万年筆が置かれている。人は過去の原因に突き動かされるのではなく、自らの定めた目的に向かって動いていく。それが哲人の主張だ。彼の唱える「目的論」は、真っ当な心理学の因果律を根底から覆す考えであり、青年としては到底受け入れることができなかった。さて、どこから切り崩していくべきか。青年は大きく息を吸い込んだ。


ソクラテスとアドラー

青年 わかりました。では、別の友人の話をしましょう。わたしの友人に、いつも明るくて初対面の誰とでも屈託なく話せる、Yという男がいます。みんなから愛され、周囲の人々を一瞬で笑顔にしてしまう、ひまわりのような男です。一方、わたしはどうにも人付き合いが苦手ですし、いろいろと屈折したところのある人間です。さて、先生はアドラーの目的論によって「人は変われる」と主張されるわけですね?

哲人 ええ。わたしもあなたも、人は誰でも変われます。

青年 では先生、わたしはYのような人間になれるとお考えですか? 無論、わたしはYのようになりたいと、心から願っているのですが。

哲人 この段階で申し上げるとするなら、およそ無理な相談でしょう。

青年 ははっ、ついに尻尾を出しましたね! ご持論を撤回されるわけですか?

哲人 いえ、そうではありません。残念ながらあなたは、まだアドラー心理学をほとんど理解されていない。変わることの第一歩は、知ることにあります。

青年 だったら、アドラー心理学のなんたるかを理解しさえすれば、わたしもYのような人間になれると?

哲人 なぜそう答えを急ぐのです? 答えとは、誰かに教えてもらうものではなく、自らの手で導き出していくべきものです。他者から与えられた答えはしょせん対症療法にすぎず、なんの価値もありません。
 たとえばソクラテスは、自身の手による著作は1冊も残しませんでした。彼はひたすらアテナイの人々、特に若者たちと路上での議論を重ね、その哲学を著作という形で後世に残したのは弟子のプラトンです。そしてアドラーもまた、著述活動にほとんど関心を示さず、ウィーンのカフェで人々と対話したり、小さなディスカッショングループで議論することを好んだ人物でした。決して肘掛け椅子に座る知識人ではなかったのです。

青年 ソクラテスもアドラーも、対話のなかで相手に答えを導き出させていたと?

哲人 そのとおりです。あなたの抱いているさまざまな疑問は、すべてがこの対話のうちに解消されていくでしょう。そしてあなたは変わっていくでしょう。わたしの言葉によってではなく、あなた自身の手によって。わたしは対話を通じて答えを導き出していく、その貴重なプロセスを奪いたくないのです。

青年 つまり、ソクラテスやアドラーが交わしてきたような対話を、われわれ2人で再現しようというわけですね? この小さな書斎で。

哲人 ご不満ですか?

青年 なにが不満なものですか、望むところです! 先生がご持論を撤回されるまで、あるいはわたしが跪くまで、いくらでも続けましょう。

あなたは「このまま」でいいのか

哲人 では議論を戻しましょう。あなたはYさんのように、もっと明るい人間になりたいわけですね?

青年 しかし先生は、無理な相談だと一蹴された。まあ、これは実際そのとおりでしょう。先生を困らせたくて聞いてみただけで、あんな人間になれっこないことくらい、自分でもわかっています。

哲人 なぜそう思われるのですか?

青年 簡単です。それが性格の違い、もっといえば気質の違いだからです。

哲人 ほほう。

青年 たとえば先生は、これだけたくさんの本に囲まれて生きている。新しい本を読んで、新しい知識を仕入れる。いわば、知識が積み上げられていくわけです。読めば読むほど知識の量は増えていく。新しい価値観を手に入れ、自分が変わるような気がする。
 しかしですね、先生。残念ながらどんなに知識を積み重ねたところで、その土台にある気質や性格は変わらないんですよ! 土台が斜めに傾いていたら、いかなる知識も役に立たない。そう、積み上げたはずの知識もガラガラと崩れ落ち、気がつけば元通りの自分になっていくんです! アドラーの思想も同じです。わたしが彼についてどれだけの知識を積み重ねようと、わたしの性格までは変わらない。知識は知識として積み重ねられ、やがて打ち捨てられるのです!

哲人 では、こう聞きましょう。そもそもあなたは、どうしてYさんのような人間になりたいと思うのですか? Yさんであれ、あるいは他の誰かであれ、あなたは別人になりたがっているわけです。その「目的」とはなんでしょうか?

青年 また「目的」の話ですか。先ほども申し上げたでしょう、わたしはYのことが好きだし、もしも彼のようになれたら幸せだと思うからですよ。

哲人 彼のようになれたら幸せだと思う。ということはつまり、あなたはいま幸せではないわけですね?

青年 なっ……!!

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嫌われる勇気

岸見一郎 /古賀史健

「世界はどこまでもシンプルであり、人はいまこの瞬間から幸せになれる」――古都のはずれに、そんな持論を語る哲学者が住んでいました。人間関係に苦悩し、人生の意味に悩む「青年」は、到底納得することができず、その真意を確かめるべく哲学者(哲人...もっと読む

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コメント

makarena3 実家のおかんから「 11ヶ月前 replyretweetfavorite

nao_pure_nao 哲人の言葉、実に奥深い。→ 4年以上前 replyretweetfavorite

porpor35 「与えられたものをどう使うか」 4年以上前 replyretweetfavorite

NEeNoo3 この考え方が実行できれば肩がすこし軽くなりそうだけど、容易くはないな(´・_・`) 4年以上前 replyretweetfavorite