森鴎外は、今も隣にいる

「モテる文体とはなにか?」を徹底的に分析する連載です。今回は、小説家・森鴎外さんの文章が持つ、読者を引き込む“臨場感”について解説します。書評ライター・三宅香帆さんの著書『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』から特別収録。

森鴎外の寄添力
過去の話は聞かされるより、一緒に思い出す方が楽しい! 


森鴎外先生は「思い出話」の名手。

……ってことをご存知でしょうか。知らんでしょうか。
知らんのは当たり前です。
なぜなら私が今、思いついた仮説だからです。

でも、ほんとなんですよ。
森鴎外先生の「思い出話」というのは、いつも恐ろしいほど引き込まれるのです。

作家さんだけではなく、
文章を書く人は全員(もちろんあなたも含めて)、
「過去型」と「未来型」のタイプに分類されます。
つまり書き方が、過去に向きがちな人と、未来に向きがちな人が存在するのです。

心の中の森を探索するかのように、過去を回想しながら書き出す過去型。
まだ存在しないことを想像して、出来事や誰かの「これから」を書き出す未来型。
書くという行為の中で、どちらの時制に目を向けやすいか。

たとえば、夏目漱石先生は「未来型」の代表、森鴎外先生は「過去型」の代表、
だと言ってもいいんじゃないかと思います。
ほら、高校の国語の授業で教わった『舞姫』も、
過去の思い出話、として書かかれていたでしょう(覚えてますかね)。
『青年』もそう。
さらに森鴎外先生の作品は『澁江抽斎』『阿部一族』『高瀬舟』みたいな歴史小説へと至ってゆく。

鴎外先生の文章は一貫して、
どうしてこうなったのか? これまでどうだったのか? 
と過去へ意識が向いています。
もしかしたら鴎外先生の別の顔でもある「医師」は、現状に至る原因(過去)を分析する職業だから、といったことも関係あったのかもしれません。

おういけない。
私はべつに文学史の話をしたいわけではない。
森鴎外先生から、臨場感のある「思い出話」の書き方を学びたかったのです。


これは小説『雁』の書き出しですが、
なんていうか、情景が徐々に読み手を包み込んできて、 なんだか立体的に見える回想じゃないですか。
夕暮れどきに、隣のベンチに腰掛けたおじさんから、話しかけられた幼少期みたいな気持ちになりますよね。なりませんか。

いずれにしても、不思議だと思いません? 
最初に「古い話」って言ってるのに。
古い話って、 遠い地点での風景が思い浮かぶのに、
どうしてこの書き出しだと「徐々に包み込む」ように、私たちの目の前に浮かんでくるのでしょうか。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

言葉の発信力をあげたい人へ。

この連載について

初回を読む
文芸オタク女子の バズる文章教室

三宅香帆

こんな書き方もありだったのか! 文芸オタク女子が暴露する、「モテる文章の秘密」がいっぱい。文章を書くという行為が、今よりもっと面白くなるはずです。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

iforisarita あ~思い出話がお上手な林太郎さん良い……… 11ヶ月前 replyretweetfavorite