ロウソクのリレー
これまでオープニングのクレジットにたびたび記されてきた「国旗考証:吹浦忠正」という名が、配役の名前として現れた瞬間、絵はがき色の画面が急に鮮やかになった気がした。
その吹浦忠正が、ドラマの中で組織委員会に採用され、場面は組織委員会での聖火リレーコースの説明に移る。
新たに決定した聖火リレーのコースは、この組織がうまく機能していることを示すように、よどみないロウソクのリレーで表される。まずは渉外部の岩田幸彰が月桂冠をかぶってオリンポスからアテネ空港まで聖火(がわりのロウソク)を運ぶ。今やタクシー運転手から組織委員会職員となった森西栄一がそのロウソクを引き継ぐ。アジア各国を回るのは、ユーラシア二万キロの旅を踏破した彼の役割だ。その旅を彩るように、雇われたばかりの吹浦忠正のあつらえた国旗が次々と二階の回廊に掲げられる。そして聖火は占領下の沖縄へ。ロウソクの灯を受け取るのは松沢一鶴。元水連のカクさんが船旅の末にたどり着く陸地には、亀倉雄策、村上信夫、そして陸上の大島鎌吉が待ち受ける。そして火は、都知事の東龍太郎へと渡り、ついに東京で待つ田畑政治のロウソクへと移される。最終ランナーは? まだわからない。ともあれ階段を上った田畑は、嘉納治五郎の肖像画の前で、ロウソクの灯を点火。「盛り上がってきたー!」
明治の頃、夜の羽田運動場で、嘉納治五郎と天狗党の面々が松明を持って無邪気に駆け回っていた。あの頃の稚気はそのままに、いま、小さなロウソクの灯を、スタッフがそれぞれの役回りを心得ながら、着実に受け渡していく。理想の組織だ。
上下する事務総長
当時の組織委員会が発行した雑誌「東京オリンピック」の1号から10号(編集・発行は田畑政治)には、毎号、組織委員会の略図が掲載されている。下に挙げたのはその模写だ。図からは、実際の組織がどのようにオーガナイズされていたかが読み取れる。
まず、会長はいちばんトップに置かれているものの、組織委員会議の内側ではなく、会議と接するように記されている。そして監事・名誉顧問・顧問参与といった名誉職や政府の協議会も、組織とは切り離され、政府の協議会の関与も傍らにのみ記されている。
これらに対して、明らかに特別な存在となっているのが、事務総長だ。事務総長だけは、図の二個所に記されている。一つは組織委員会議の内側に、そしてもう一つは下部組織に。事務総長の下には事務次長がいて、その下に主要な部署が直轄でぶら下がっている。各種の特別委員会もすべてが直轄の部署と点線でつながっている。つまり、事務総長は、会議の内と外をつなぐとともに、組織を統轄する存在として描かれているのだ。
この事務総長こそ、田畑政治だった。しかも直下にいる事務次長は松沢一鶴。つまり、当時のオリンピック組織委員会は、田畑・松沢コンビの下に運営される構造になっていたのである。
ドラマに描かれる田畑政治は、ときに委員会本部の階段を駆け上がり、ときにフロアに降り、スタッフたちと話し、飲む。あたかも組織図の上下を移動するように、建物の中を垂直に移動する。その活動は極めてうまく機能しているように見える。
一方、上下する田畑を二階から面白くない顔で見おろしている者がいる。川島正次郎だ。前回の津島も、今回の川島も、けしてフロアに降りない。彼らは中軸となる部署の外側に置かれているのだということが、組織図さながらに演出されているのだ。
ジャカルタの混乱
順風満帆に見えた田畑たちの組織運営だったが、ジャカルタで開かれる第4回アジア競技大会が近づくにつれ、ドラマには不穏な空気が漂ってくる。この大会ではいったい実際に何が起こったのか。第2回、第3回のアジア競技大会については詳細な日本語の報告書が残っているのだが、第4回ジャカルタ大会については、まとまった資料が見当たらない。そこで、開会式までに報道されたことを以下、朝日新聞の縮刷版をもとに追ってみよう。
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