徒歩で270キロひたすら歩く前代未聞の選挙戦の結果は……大敗!

東北の農業や漁業の現場を取材したタブロイド紙と、野菜や魚などの生産物をセットで届ける新しいタイプのメディア「東北食べる通信」。その名物編集長が、「都市」と「地方」を切り口に、これからの農業・漁業、地域経済、消費のあり方、情報社会における生き方までを語り尽くした、『都市と地方をかきまぜる』(光文社新書)を、cakes読者に特別公開します!


「東北食べる通信」編集長として


知事選は、もちろん両親からも周囲からも止められた。その声を振り切って、私は青森県境から宮城県境まで二七〇キロをひたすら徒歩で遊説する前代未聞の選挙戦を展開した。だがやはり現職に大敗。口先だけだった自分に虚しさを感じ、今度は実際に現場で手と足を動かして社会課題解決に挑もうと、事業家に転身することにした。

そのとき私の脳裏には、ふたつの姿が浮かんでいた。

ひとつは、沿岸部で漁業を再開しようとする漁民たちの姿。彼らは船も家も養殖場も流されながら、海を憎まず、ふたたび海に出ようとしていた。彼らはこう言った。

「津波てんでんこというけど、その後に続く言葉知ってっか。津波の後は海に戻れ。海が豊かになっているというんさ」

その言葉通り、津波の後の海は、通常二年かかって育つ大きさの牡蠣が一年でなるほど豊かだった。

もうひとつ浮かんでいたのは、都会から被災地に駆けつけてきた支援者の姿だった。

震災直後から、被災地にボランティアでやってきた都市住民は、生きる実感やリアリティを取り戻し、「見えない檻」から解き放たれているように思えた。海という、人間の力では如何ともしがたい巨大な力を前に頭を垂れ、感謝し、海や地域や家族との関わりの中で生きる漁師や被災者たちから、「見えない檻」をこじ開ける鍵のありかを教えられていたような気がする。あのとき被災者を救いに行ったはずの都市住民は、同時に被災者に救われていたのだ。

私はその被災者と都市住民が連帯する姿を見て、これを震災のような緊急時だけではなしに日常においてできないだろうかと考えた。それを形にすれば、震災だけでなく日本の大きな課題も乗り越えることができるんじゃないだろうか、と。

そこで着目したのが「食」だった。「食」は誰しも一日三回毎日繰り返す身近なものであり、私たちの生命を支える最も重要な行為だ。しかも食べる人は都会にいて、つくる人は田舎にいる。現在の巨大な消費社会においては、都会と田舎をつなぐ回路は見えにくくなっているが、この回路を「見える化」すれば両者をしっかりと結ぶことができるはずだ。

都市住民が食べものの裏側にある農漁業の世界の物語を知れば、私たちが口に入れる食べものがもともとは自然から生まれた他の生き物の命だったことを実感し、生きる実感をも取り戻すきっかけになるのではないだろうか。

私はそう考えて、いくつかの試行錯誤と失敗を経験し、何人かの仲間との邂逅ともいえる出会いを経て、ひとつのビジネスモデルを立ち上げた。

それが東北の生産者と都会の消費者を「情報」と「コミュニケーション」でつなぐメディア「東北食べる通信」だった。

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都市と地方をかきまぜる 「食べる通信」の奇跡

高橋博之

東北の農業や漁業の現場を取材したタブロイド紙と、野菜や魚などの生産物をセットで届ける新しいタイプのメディア「東北食べる通信」。その名物編集長が、「都市」と「地方」を切り口に、これからの農業・漁業、地域経済、消費のあり方、情報社会におけ...もっと読む

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