2年ほど前、webメディアでお悩み相談の不定期連載をしていました。今は自然消滅したような形になっています。自然消滅……。
一見、精神科医がお悩み相談の連載をするのはうってつけのように思えます。でも相談者と対面でやりとりする診療と違って、メディアでのお悩み相談は、相談者を含む読者全体に回答をするものです。比較的一般化され、かつ「うまい!」と多くの人が膝を打つ、広さのある回答を求められる気がします。それに対して診療では、まずは個人のお悩みの内容を解像度高く把握することを目的とします。相手は基本的に一人なので、広さではなく深さが大切です。つまり、お悩み相談と日々の診療は、別物と言えるのです。
そのため、お悩み相談の回答には毎回かなり試行錯誤したのですが、なかでも特に回答に困った回がありました。
それは20歳の息子を思う母親からのお悩み相談で、「息子が二次元の女性にしか興味がなくて不安。どのように三次元の女性へ導けばいいのでしょうか」というものでした。
それまでいただいいていたお悩みは、「日曜のサザエさんタイムくらいから生じるドンヨリ気分をどうしたらいいか」とか、「女性をすぐに好きになってしまうけどどうしたらいいか」といった、相談者ご自身の考えとか行動についてのものでした。それに対して、今回のお悩み相談は相談者の息子の考えや行動をどうしたら変えられるかという内容だったのです。
このお悩みの難しいところは、息子がこのことで悩んでいるかどうかわからないところです。まぁ、本人ではなく母親がお悩みとして送ってきているということは、恐らく息子さんは現状困っていないのでしょう。こうなると、母親の心配を和らげるには、まず息子にこの問題に一緒に向き合ってもらい、それから解決方法を考える、という二段階が必要になります。でも、そもそも問題自体は息子のものだから強制するわけにはいきません。複雑な構造だ……。
こんなお悩みを一回で解決する名案は、簡単には思いつきません。回答の糸口をまったく見出せないまま締め切りは淡々と迫ってきます。
途方に暮れた僕は、弾き語りライブのMCで、「みんな、二次元の女性にしか興味がない人を三次元の女性に導きたいんだけど、どうしたらいいと思う?」と、客席にお悩み相談をしてしまいました。この時点で『星野概念さんに聞いてみた』というその連載のタイトルは、『誰かのお悩みを星野概念さんがみんなに相談してみた』に変わったとも言えます。まぁ、MCで投げかけてみたとて、そんな簡単に素敵な回答が生まれるなんてことは期待していませんでしたが、それくらい行き詰っていたのです。
ところが終演後、ライブ会場にいた先輩ミュージシャンが、「さっきの話だけどさ、その息子に二次元好きな女子を紹介すればいいんじゃね?」とサラッと言いました。え、あぁ……。え! 超うまい回答じゃない、これ? 何、この人、神?
すごいなぁ、こういう発想をできる人がお悩み相談の連載をするべきです。相談者と向き合うばかりではなく、少し遠くから俯瞰して問題を捉える能力が必要なのだと、自分にはない視点に感動しました。
その時の僕のお悩みの回答のタイトルは「先輩に聞いてみました!」で、内容もそのまま書きました。完全なる他力本願ですが、今読み直してもその連載史上イチ、ナイスな回答。ただそれ以降、編集部からお悩みが送られてこなくなりました。これはもしかしてお役御免……。他力本願だったからでしょうか。それから約二年経過して今に至ります。これって自然消滅ですよね。
先輩の回答の「神どころ」
この先輩の神回答の「神どころ」はどんなところなのでしょうか。
二次元の女性にしか興味がない人を三次元の女性に「導く」というのは、「その人の考えが少し変わるように働きかける」ということです。
人が自分の考えを変える場合、その人が能動的に「変えてみよう」と思っていれば、他人からの提案は有用です。でも、考えを変えようと思っていない人に対して提案をするのは実はとても難しいし、基本的にその人の考えはその人のものなので、他人がそれを変えるのはそもそもおかしな話です。ただ、本人のことを思う周りの人の考えが、本人の生きやすさに繋がるかもしれません。
だから本人が自分から変わろうとしていない場合、まずは周りの人の考えについて、本人と一緒に話してみたりして、本人が考えを変えたいと思うか確認する必要があります。
この時にうっかり選択されるのは、「説得する」という手段です。これは実は侵襲性(*)の高い手段で、変わろうという気持ちが芽生えるのを待つのではなく、植え付けるという趣が強いです。つまり、アドバイスというより強制とか誘導に近いのです。
時にはそういった話し方が必要になる場合もあります。たとえば、今の生活習慣では間違いなく身体的な問題が生じるときに、生活習慣の見直しの必要性を説明するなど、比較的切迫した場合はそうかもしれません。
でも、送られてきたお悩みはそうではありませんでした。お母さんとしては心配だけど、息子個人の趣向の問題でもあるので、「説得」の形で押しつけたり誘導したりするものではなかったのです。
このような場合、まずは息子に変わろうという気持ちが芽生えるのを待たねばなりません。僕が悩んでいたのはまさにここです。
そんな時に出てきたのが先輩の神回答でした。
仮に二次元好きな三次元の女性を紹介したとしたら、三次元の女性に興味がない息子とその女性は、まず二次元の話題を共有することでしょう。そうしているうちに、二人の関係性は自然に柔らかくなっていく可能性があります。これは、「他人」から「他人よりも少し距離感が近い人」になるとも言え、もしかしたらその流れでお互い好意を抱くかもしれません。
この「説得」ではない考えの変わり方はとても自然な形に思えます。お互いが仲良くなることを直接的な目的にしているのではなくて、二次元の話をしているうちに、いつの間にか三次元の女性に対する興味が芽生えて仲良くなる(かもしれない)という間接的な関わり方です。もちろんうまくいくかはわかりませんが、本人以外の他人が本人の変化に対して働きかけるとしたら、このような間接的な介入の仕方をしてあとは祈る、くらいが限界なのではないでしょうか。
「散歩もおすすめです」
僕は普段、入院している患者さんと散歩をしながらなんでもない話をすることが多いのですが、診察室やベッドサイドで治療について話すよりもずっと話が弾んだり、予想外に治療の方針が決まったりします。
たとえば、何かしらの理由があってどうしても薬を飲みたくないと言う患者さんは少なくありません。逆の立場だったら自分もそう考えるかもしれないなぁとも思います。でも一方で、不要な薬をすすめているわけでは決してないので、少量でも飲んでくれたら今より楽になるかもしれないというこちらの思いもあります。
難しいのは、それを「説得」の形で伝えるのではなく、少しずつその必要性を感じてもらうことです。 治療の話ばかりしていると大抵は窮屈な感じになり、「説得」の雰囲気が強くなることが多いです。一方、散歩での会話は、時間や景色を共有することで生まれるものなので、診察というより雑談と言えます。この方が雰囲気も自然に柔らかくなり、患者さんが抱えている思いを話してくれることが多いように思います。その思いをこちらが理解したうえで、治療の話につながる方が間違いなくいいのです。
これは、散歩という行為を共有するなかで間接的に生まれる豊かさです。他にもこのような例は実はたくさんあります。一般的に、仕事の関係の人との仲が深まったりするのも、打ち合わせよりも何となくお茶するとか、喫煙室で話すとか、飲みに行くときが多いと思いませんか。
相手に何かをわかってほしいとき、「説得」して結果を出すことばかり考えてもなかなかうまくいきません。焦らずにまずは何かを一緒に体験してみて関係性を紡ぐ方が自然な形なのだと思います。
最近僕のおすすめは、水タバコ、いわゆるシーシャです。一つのパイプを共有し、煙を燻らせながらダラダラと話をする。これも、直接の目的は煙を吸って吐くことですが、当然その時間の中で色々な話をすることになるわけです。煙とともにあるゆったりとした時間、雰囲気の中で、会話も少しずつ自然に深まります。
なぜ喫煙者ではない僕がこの方法を見出したかというと、人に誘われて半信半疑で水タバコ屋に行ってみたからです。つまり、実は僕が見出したものではなく、またもや他人のアイデアをここぞとばかりにすすめているという他力本願です。でた、他力本願! このパターンは……。
どうか連載が終わりませんように!
……さて、ここまでの文章は別の媒体での連載用に書いた原稿です。その原稿がなぜcakesに掲載されているか。
それは、この原稿を送った数日後に、連載の打ち切りが決定して掲載がかなわなかったからです。なぜ打ち切りになったかは、お悩み相談のときと同じく詳しくはわかりません。共通しているように思えるのは、前述したお悩み相談にしても、シーシャの件にしても、ほぼ完全に他力本願であることを自分の手柄のように書くと、なぜだか連載が消滅してしまうということです。
不思議だなぁ。不思議だけど、不思議なことって世の中にたくさんあります。そして見方を変えれば、そんな流れのおかげでcakesでの連載につながったのかもしれません。
今回が記念すべき第一回。やったぁ! ありがとうございます。よろしくお願いします。他力本願系の僕に機会を与えてくれたcakesにとても感謝しています。 第一回の原稿を書き終わるに当たって誓います。大切なこの連載、他力本願はなるべくしません。
*侵襲性:外的要因によって生体内の恒常性が乱れること
(2019年11月28日11時時点 「水タバコ」に含まれるニコチンに関する記載を改めました)