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「反論できないことと、納得することは天と地ほど違う」それは翔太の父親の口癖だった。学生時代の翔太はピンとこなかったが、いまならそれがどういうことか理解できる。まさにいまこの状況が、翔太にとって「反論できないが納得もできない状態」だった。そこで翔太は、思い切ってそれを詩織にぶつけてみることにした。
「根拠はないけど、とにかくキミの言うことが気に入らない。でも、正直言って何となくキミの言う通りかもしれないとも思ってる」
「……」
「まあ簡単に言えば、腹落ちしていないってわけよ。だいたい、キミは具体的にどういう人間関係が理想だと思ってんの? 単に付き合う友人が少なければいいって話?」
「いいえ、違います。では、それを数学的モデルで説明します。その方が、きっと納得していただけるはずです」
「数学的、モデル……?」
「はい。ご存じかと思いますが、モデルとは、とある対象について諸要素とそれらの相互関係を定式化して表したものです」
「知らねえよ、そんなの」
翔太はいわゆる文系出身。しかも、数学はもっとも嫌いな科目だった。詩織が発するこの独特の表現は、そんな翔太を当然ながら不快にさせる。そんなことはお構いなしに詩織は黒板に向かい、白のチョークで文字式を書き始めた。
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