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店先に水惑星産水メロン重力を示す縦縞のライン
八歳まで、蟻を見ていた。
蟻は、動き出すとき左の一番後ろの脚から上げる。
全ての脚を、まるで人間の片手がピアノを弾いているように動かす。
人の誰より、蟻が面白くて素敵だった。この小さな頭の中で色々考えているんだ、と思うと身動きが出来なかった。
夏休みはおばあちゃんの家に二週間泊まることになっていた。
家にはおじいちゃんもいるのに、お母さんは「おばあちゃんち」と言う。だからわたしはおじいちゃんを見る。おじいちゃんはわたしと目が合う。けれど、何も言わない。分かり合えている生き物同士みたいに。
おばあちゃんちでは八月十五日の夜に必ずスイカを食べる。なぜかとおばあちゃんに聞くと「八月の真ん中だから」と毎回答える。「海でスイカ割りしたい」と言うと、「あれは食べらんないのですんのよ。割ったら砂混じりになって食べらんなくなるから」と毎回言う。
夜の縁側で、長方形の鈍い銀色の包丁を使い、おばあちゃんはまん丸のスイカを頭を鉈(なた)で割るように二等分する。豚の陶器の蚊遣りに入った蚊取り線香から垂直に煙が昇っている。
おばあちゃんが台所に行っている間、おじいちゃんがわたしにぼそっと、「スイカの種は星とおんなじ場所にある」と言う。
この宇宙は閉じている。その中にわたしたちはいる。
翌朝、庭のスイカの残りに蟻が群がっている。
わたしは、蟻を見つめ続ける。
おばあちゃんが本当はわたしの面倒を見たくないことには気づいていた。
だからわたしは蟻をずっと見ていられる。
蟻は動き出すとき左の一番後ろの脚から上げる。
蟻はスイカの種に似ている。
この世には似ているものがたくさんある。蟻の隊列が葬列のように行進する。隊列はわたしへの挨拶のようにカシオペア座になり、そして直線になる。
昨夜おじいちゃんが縁側から飛ばしたスイカの種が、次々と脚を生やして蟻になる。
蟻は動き出すとき左の一番後ろの脚から上げる。
そして、運命のごとく磁力のごとく、隊列を作る。
(あああれは……)人類が言葉に出来ずに消えた遺念がスイカの種に
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