広重・北斎の浮世絵を参考にマンガを描く
溝口彰子(以下、溝口) 今回は紗久楽さわさんの創作テクニックに迫ります。本格江戸BL『百と卍』についてお聞きしたいことがたくさんあるのですが、具体的な場面は3つに絞りました。『百と卍』の舞台は江戸後期の浅草で、「これって浮世絵っぽいのでは?」と思う表現方法がたくさんあります。まずはそのなかのひとつです。
『百と卍』より ©紗久楽さわ/祥伝社 on BLUE comics
1巻の序盤で、卍(まんじ)が百(もも)との出会いを回想するシーンです。「お百曰く 俺たちは雨の日に出逢ったそうだが」のコマでは、斜めの線で雨の表現があり、このあたりが独特で、浮世絵っぽいと感じました。
紗久楽さわ(以下、紗久楽) 改めて見ると、歌川広重っぽさがすごいです。斜めの雨の表現は、広重の有名な「大はしあたけの夕立」という、橋と雨を描いた風景画から持ってきています。
溝口 なるほど、これは「広重的」なんですね。そこから2ページ後の「虹の出た日だ」というコマは、1ページ全面を使った表現で、開放感があります。
『百と卍』より ©紗久楽さわ/祥伝社 on BLUE comics
紗久楽 これは、葛飾北斎が隅田川の縁側を延々と描いている絵などを参考にして描きました。
溝口 このコマは、下にちっちゃい百と卍がいるんですね。
紗久楽 はい。江戸時代の浮世絵の風景画では、景色と人間がだいたい一緒に描かれているんです。つまり、風景のなかで共存して生きている人たちを描くのが普通なんですね。私も、景色のなかにストーリーが乗るのがいいなと思っています。
雲田はるこ(以下、雲田) (「虹の出た日だ」のコマを見つめてぽつりと)かわいい……! このコマ、上から下へ目線を移していくと、最後にこのふたりに出会うんですよね……素敵です。
真っ白な背景の効果的な使い方
溝口 次は、舞台演出を思わせる箇所です。舞台上って、スポットライトが当たると、それまで見えていた大道具も小道具も見えなくなって、光が当たっている俳優さんだけが浮き上がって見えることがあります。マンガでもそういう表現ができるんだ、と思ったのがこのコマです。女物の着物をかぶってしゃがんだ百がいて、そこに卍もしゃがんでもぐる、という場面ですが、白い無地の背景に、着物が消えてくような描写をされています。
『百と卍』より ©紗久楽さわ/祥伝社 on BLUE comics
雲田 たしかに、強く照明が当たっているように見えますよね。
溝口 映画でいうとフリーズ・フレーム(※)のように時が止まって、永遠感が醸し出されているようにも思います。これは、どういう演出なんでしょうか。
※ フレーム内の動きが凍ったように止まった場面。
紗久楽 おっしゃるように、このコマで一瞬時がピタッと止まる、という効果は狙っていました。私はふだん、背景もベタも多い青年誌っぽい描き方をしているのですが、これは、自分としては「少女マンガ的なやり方でいこう!」と思って描きました。
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