出発点は「ゲイビに出ているノンケ男子」の心境
溝口彰子(以下、溝口) 「BL進化論サロン・トーク」恒例の「技術編」ということで、ここではマンガの具体的な創作技術について掘り下げていきたいと思います。まずは雲田さんの『新宿ラッキーホール』(以下『ラッキーホール』)についておうかがいします。
本作品は、ゲイビデオの制作会社、そしてヤクザの世界を舞台に描かれる群像劇になっています。そのなかでもメインのカップリングは苦味(くみ)とサクマのふたり。苦味は、かつてゲイビデオ業界でカリスマ的人気を誇った男優、“ポルノスター”で、今は制作会社の社長。サクマは年上の元ヤクザで、同じ会社で男優のスカウトをしているという設定です。
左がサクマ、右が苦味(『新宿ラッキーホール』より ©雲田はるこ/祥伝社 on BLUE comics)
ゲイビデオの制作会社をテーマにしたBL作品はいくつか存在しますが、本作にはかなりリアリティを感じました。まず、新宿二丁目の雑居ビルにある、オフィス兼住居が基本的な舞台という点。そしてゲイビの撮影も、そこのベッドルームでやるときもあれば、ラブホを借りてやるときもあったりと、制作シーンが実際に近いところがあるように思います。そもそも『ラッキーホール』という作品を、どのように発想されたのか聞かせてください。
雲田はるこ(以下、雲田) 「ゲイビに出てる男の子って、ノンケの人が多いんだよ」という話を聞いて、「そのシチュエーションがすでに萌えだな!」と思ったんです(笑)。ノンケなのに男性と仕事でからまなきゃいけないなんて、そこにはどんな葛藤があるんだろう、と。
紗久楽さわ(以下、紗久楽) その気がなくても、「かわいい、かわいい」って言われると、どんどん乗ってしまう、という話はよく聞きますよね。
雲田 そうなんですよ!
溝口 なるほど。撮影現場の取材はされたんですか?
雲田 いえ、連載当初はコネが全くなく、取材はできなかったので、ネットで調べたりしています(笑)。仕事とはいえ、だんだん乗ってきてしまうノンケの心の動きにすごく興味を惹かれて、最初は「ゲイビ俳優さんに翻弄されてしまうノンケの男の子の話」を描こうと思ったんです。
紗久楽 たしかに、1巻の最初の話がまさにそうですよね。
雲田 1話は読み切りのつもりで描いたんです。片桐くんというモブみたいなメガネの男の子が、スカウトされてオフィスに来て、苦味と……というお話で。
左が片桐、右が苦味(『新宿ラッキーホール』より ©雲田はるこ/祥伝社 on BLUE comics
紗久楽 サクマさんが登場するのって、2話からでしたっけ?
雲田 ちゃんと登場するのは2話からですが、1話でもひとコマだけ登場しています。それだけなのに、描いたあとでなぜかサクマさんのことがすごく気になって、「続きを描こうかな」となりました。
溝口 1話のときのサクマさんは、すでに「もとヤクザ」の設定でしたか?
雲田 はい。小指がなくて柄シャツという、ヤクザっぽい風体で描いていました。アダルトビデオ業界は、ヤクザの世界ともすごく近いという話を、どこかで知ったんですね。
『新宿ラッキーホール』より ©雲田はるこ/祥伝社 on BLUE comics
苦味も、もともとはノンケです。だけど、高校生のとき父親が借金を残して死に、そのカタにヤクザに売られてしまう。そして「体で稼げる男」になれと、組員でゲイのサクマと同居させられる。苦味もまた、サクマに味を覚えさせられたという、ざっくり言うとありがちなお話なんですが。スタンダードな物語をどういじるかが、BLは楽しいので。
溝口 美少年だった苦味がだんだんと仕込まれていくところは、『風と木の詩』で幼いジルベールがオーギュストに支配されていくさまを思い起こします。
雲田 まさにその心境の変化に心を惹かれたんです。
相談はしない、言葉のかわりにネームで説明する
溝口 ではここで、2巻のプロットとして描いたという、スケッチブックの1枚を見ていただきたいと思います。