第3回】「自分がどうなってしまうかわからない」という恐怖

お化け屋敷プロデューサーの五味弘文さん。今回の連載第3回では「肝だめし」との違いから、お化け屋敷をエンターテイメントとして成立させる要件について。五味さんの演出方法の重要ポイントが明らかになります。

 お化け屋敷に入る時に一番怖いのは、中で何が起こるか、どんなお化けが出てくるか、ということではない。それは、みんな偽物でフィクションに過ぎないということは、誰もがよくわかっているからだ。それよりも、それを本物のお化けのように怖がってしまう想像力が怖いのだ。

 お化け屋敷に入る前の心理を、思い出してほしい。「人が出てくる?」とか「大きな音がする?」とか「急に動いたりする?」とか、いろいろなことを心配するだろう。けれど、本当に恐れているのはそんなものではないのだ。

 そこにあるのは、最終的に自分がお化け屋敷の中でどうなってしまうかわからない、という恐怖なのだ。自分の中から自分でも知らなかったような自分が現れてくるのではないかという恐怖。つまり、最終的にはお客様は、自分自身が怖いのである。

 だから、想像力の暴走によって、自分がおかしなことにならないように、自分の知らない自分が現れないように、なるべく自分から手を放さないようにする。

固定化された自分が揺らぐ

 人間は、成長するにつれて自分自身を「固定化」していく。通常は、このように固定化された自分で生活を送っているし、それから大きく離れるようなことはしない。

 ところがお化け屋敷に入ると、固定化された自分が揺らいでいくことがある。想像力の暴走などによって、思ってもみないような自分が現れたりするのである。そこで問題になるのは、固定化された自分が揺らぐことを許すことができるかどうか、ということである。自分で自分を制御できなくなることを、愉快だと思うか不快だと思うか、それによって、お化け屋敷に対するその人の態度は大きく変わってくる。もちろん、それを愉快だと思ってくれないと、お化け屋敷を楽しむことはできない。

 ここでもう一度、肝だめしとお化け屋敷に違いを例にとって考えてみよう。

 この観点から捉えてみると、お化け屋敷は固定化されている自分を壊していく楽しさである。一方、肝だめしは、固定化されている自分を、さらに強固に固定化するものである。肝試しでは、恐怖によって自分が揺らぐことはあってはいけない。むしろ、それを克服することによって、より自分を強固にすることが目的なのである。

 では、固定化された自分の揺らぎを、愉快だと感じるメカニズムとはどんなものだろうか?

 お化け屋敷に入り、想像力が暴走しているからといって、ほとんどのお客様はお化け屋敷の大前提を忘れているわけではない。お化け屋敷の大前提とは、すべては作り物で嘘である、ということだ。このことが頭の中から消えてしまってはいない。

 何かが現れるのではないかと思って歩いている不安な状況では、このことはあまり意識に上ってこない。けれど、不安が解決された瞬間、すなわちお化けが目の前に現れて悲鳴を上げた直後、この大前提が不意に頭をよぎる。つまり、たった今自分が悲鳴を上げたのは、誰かが演じているお化けだ、偽物のお化けに過ぎない、ということを思い出すのだ。フィクションに怖がって悲鳴を上げることは、ひどく滑稽なことだ。

 自分の姿や意識を客観的に認知する能力を、メタ認知と呼ぶ。わかりやすい例を挙げれば、鏡に映っている姿が自分だとわかる能力のことだ。何かに腹を立てている時には、自分で怒っているということを認識している。涙を流している時には、自分が悲しいということを認識している。これも、メタ認知がなければこういった感情を認識することはできない。

 お化け屋敷の中で悲鳴を上げるときは、人は自分が怖がっているということを認識している。けれど、怖がっている対象は、実は偽物だと言うことも知っている。そんなものに悲鳴を上げている自分は、ひどく滑稽な存在である。そのことを客観的に見られれば、そこに楽しいという情動が生まれてくる。びっくりしている人を見ておかしくなるのとまったく同じように、自分でも自分の行動が面白くなってしまうのだ。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

角川新書

この連載について

初回を読む
お化け屋敷になぜ人は並ぶのか

五味弘文

現在開催中のドラマ×小説×お化け屋敷のメディアミックス企画「ホラープロジェクト<黒い歯>」が多くのメディアで取り上げられ、大きな話題となっています。この中核イベントである東京・名古屋・大阪との三都市同時開催されるお化け屋敷「呪い歯」。...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

kadokawaone21 cakes更新! ホラープロジェクト「黒い歯」をプロデュースする五味弘文さんの『お化け屋敷になぜ人は並ぶのか』、今回は怖がらせる上でいかに演出の力が必要なのかを語っています→ 4年以上前 replyretweetfavorite