毛沢東(中華人民共和国初代国家主席)
【第3回】 中国的教養人・毛沢東の限界

悪の親玉としてイメージされがちな「独裁者」たち。この連載では、世界を代表する独裁者たちが、若い頃にどのような知識や価値観、思想などの「教養」を得て、それをどう国家支配に反映させたのかを読み解いてゆきます。思考回路が中国的だったがゆえに指導者となった毛沢東の中国的過ぎたがゆえの弱点とは。(『独裁者の教養』より)

実のところ、毛沢東は「十分な教育」を受けてすらいなかった。
それまでの彼は、省都・長沙にある難関校の湖南第一師範学院を卒業し、省の図書館で独学しながら評論誌を編纂するなど活発な知的活動を行ってはいた。小学校の教員だったこともある。北京大学の図書館で働いていた時期に、大学の講義を聴講することもあった。

だが、正規の大学教育を受けた経験も留学の経験も無い毛沢東の学歴は、他の「洋秀才」たちと比較すれば数ランク以上落ちた。彼は『共産党宣言』や『社会主義史』など舶来の左翼系の書籍も読んではいたが、いずれも中国語に翻訳されたもので、原書を読んだり大学のゼミナールで学んだりしたわけではない。教授の指導を受け同学の友人と議論する機会も、他のエリートたちと比べればずっと少なかった。さらに外国語ができないどころか、生涯にわたり言葉から湖南省の訛りが抜けず、きれいな北京官話(マンダリン)すら話せなかった。

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この連載について

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独裁者の教養

安田峰俊

悪の親玉としてイメージされがちな「独裁者」たち。しかし、彼らは優れていたからこそ「独裁」を行えたはずです。そこで、この連載では、世界を代表する独裁者たちが、若い頃にどのような知識や価値観、思想などの「教養」を得て、それをどう国家支配に...もっと読む

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