道徳の時間

特別授業】サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』を読み解く

岡田斗司夫さんがゲストとともに新しい時代の「道徳」を考えてきた対談連載「道徳の時間」の内容が、単行本『僕らの新しい道徳』として発売されます。岡田さんが一連の議論を進めるうえで参考にしたのが、マイケル・サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』。教授の主張は必ずしもきちんと受け止められていないと言う岡田さんが、『これからの「正義」の話をしよう』のポイントを読み解いていきます。単行本発売記念で、「道徳の時間」の一部も無料公開中。あわせてお読みください。

 こんにちは、岡田斗司夫です。

 cakes連載「道徳の時間」、それに加筆して書籍化した『僕らの新しい道徳』では、「道徳」が今の時代にどんな力を持ち得るのかを7人の論客とともに探っています。

僕らの新しい道徳
僕らの新しい道徳  

 これら一連の議論を進める上で、僕が参考にした考えの1つが、ハーバード大学マイケル・サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』です。ベストセラーになった同書ですが、教授の主張は必ずしもきちんと受け止められていないのではないでしょうか。

 本を積ん読にしたまま、「で、サンデル教授は何が正義だと言ってるの?」なんて、友達に聞いたりしてません?
 単行本が日本で発売されてからもう3年以上経ちましたが、サンデル教授の主張は古びていません。今さらですが、同書を僕なりに読み解いていくことにしましょう。

幸福の最大化、自由の尊重、美徳の促進、はたして正義はどれ?

 まずは、第1章「正しいことをする」。
 最初に出てくる例は、ハリケーンの災害時に、便乗値上げをして大もうけをたくらんだ商人たちの話です。
 はたして彼らは正しいのでしょうか?
 市場自由主義者に言わせれば、この商人達は正しい。また、功利主義者、つまり「最大多数の最大幸福を」と主張する人にとっても正しい。
 便乗値上げを肯定する人は「いくらでも商人に儲けさせればいい。そうすれば商品は被災地に集中し、やがてリーズナブルな価格に落ち着く」と言います。たしかにその通り。でも、やっぱりそれって「頭は良いけど、イヤな理屈」に聞こえますね。
 それならば、便乗値上げは法で規制すべきか? いや、法は市場に介入すべきではない—便乗値上げを巡っては、さまざまな意見が噴出しました。

 サンデル教授が着目したのは、報道が巻き起こしたアメリカ国民の「怒り」。この事件のどこかに「不正義」がある。それがアメリカ国民の気持ちの奥を激しく揺さぶったんです。
 なぜでしょうか? それはこの問題が「正義」に関係しているから。ハリケーンで困ってる同胞がいる。子供や病人に薬や食料を与えられなくて悲しんでいる家族がいる。その足下を見て儲けようと思うような人たちを、僕らは「許せない」から。

 サンデル教授はこの「正義」についての問題を3つの方向から解き明かそうとしています。1つめは「幸福の最大化」、2つ目は「自由の尊重」、そして3つ目が「美徳の促進」です。

 1つめの「幸福の最大化」は、僕ら日本人にはたいへんなじみの深い考え方でしょう。同書では「功利主義」と呼ばれているけど、僕たちはこういう考え方一般を合理的とかロジカルシンキングと呼び、高く評価する傾向があります。誰もが幸福を追求し、それが最大になる社会。それが「良い社会」に決まっている、僕たちはそう考えがちです。小学校の頃に僕が習った民主主義の定義もコレだったかな。でもそこには落とし穴があって、それが「少数の抑圧」「弱者への支配」です。

 一方、2つめの「自由の尊重」は、功利主義の欠点を補っているように見えます。「最大多数の最大幸福」を目指しながら、そんな社会に不満があったり、自分を活かせないと思ったらさっさと場所を変えればいい。自由の尊重は日本の教育や育児でもよく聞かれる話です。たとえば、親が子供を良い学校に入れたいのは「選択肢を増やしたいから」。将来、我が子がなにになりたいかわからない。だからこそ、何にでもなれるように選択肢をできるだけ多く、そのためには良い学校に、というわけです。お金を欲しがる人の理屈も同じです。お金を欲しがる人に理由を聞くと「なんでも出来るから。買えるから」と答えます。やっぱり「選択の自由」を最大化したいんですよ。「お金」というのは、モノと交換する前は「可能性そのもの」だから。

 被災地でボロ儲けを企む人たちを非難するには、この2つの考え方「功利主義」と「自由主義」を相手にする必要があります。でもそれは、いつも成功するとは限りません。マスコミのさらし者になった一部の商人だけがバッシングされて終わり、というのがよくあるパターンです。

日本人は、功利主義やロジカルシンキングに弱い

 次は、第2章の「最大幸福原理—功利主義」。功利主義に対するサンデル教授の批判は辛らつです。
 古代ローマでは禁止されていたキリスト教を信じる人たちは、闘技場でライオンと戦わされました。でも、功利主義的にはこれで問題がない。「社会秩序を乱す者たちを罰しながら、正しい市民の娯楽になっている」わけだから。功利主義の視点に立てば、あらゆる拷問も正当化されてしまいます。多数の生命のリスクvs. 一人または数人の苦痛や命、といった単純な天秤で考えることができるわけですからね。

 1974年、米国の連邦政府が石油ショックを理由に高速道路の速度制限を55マイルと決めたところ、交通事故の死者は目に見えて減少しました。しかし、この制限速度の結果、経済は減速することになります。やがて80年代、石油ショックの時代が過ぎて速度規制は撤廃されました。ほとんどの州は規制速度を65マイルに。ドライバーは時間を節約できるようになり、経済も復調しましたが、その代わりに死者が増えていきます。時速を10マイル増やすと、その分だけ死者は増えるけれど、はるかに経済効果が大きい—。
 サンデル教授はこの章で功利主義と、その象徴ジェレミー・ベンサムをこてんぱんにしています。しかし、この功利主義は、僕たち日本人がもっとも論破しにくく、「ロジカルシンキング」と思いこんでる考え方そのものであることに、注意してください。

自由の尊重は、あらゆる欲望を正当化する

 第3章は、「私は私のものか?—リバタリアニズム(自由至上主義)」。
 自由とは何かを説明するために、サンデル教授はお金持ち、それもとてつもないお金持ちの話から始めます。アメリカの金持ち上位1%が国中の富の1/3以上を持っている。その額は下位90%の資産合計より多いというのです。

 このような富の偏在、ほとんど「階級社会」と呼べるような貧富の差は許されるのか? こういった経済的不平等は、不公正ではないのか? 貧困者を助けるために、富裕者にもっと課税すべきではないのか?
 前章までの功利主義者なら、富裕層に課税すべきだと考えるでしょう。最大多数の最大幸福という原理からも当然だし、富裕者から富の1%を奪ってもさほど痛みは感じない。それで助かる・チャンスを得られる貧者は100万人はいるでしょう。

 しかし、「自由至上主義(リバタリアニズム)」を信じる人たちは、こういった福祉政策にNO!と叫びます。いや、もちろん功利主義的な観点からも反対はできますよ。富裕者に対する課税は彼らの勤労意欲を奪い、海外へと流出させるというロジックは説得力がありますが、自由主義者の主張はそういう「ロジカル」なものではありません。もっと本質的で、ある種「民主的」に聞こえるであろう主張。富裕者に課税してはいけない理由は、それが「基本的権利の侵害」だからだというのです。

 僕らはこの論旨に驚くはずです。なんで金持ちに課税するのが「基本的人権の侵害」になる?
 リバタリアニズムとは自由至上主義ですが、ならば自由とは何でしょうか? リバタリアンによる定義の1つは、「自分の持っているものを誰にも奪われないこと」。自分の肉体やメガネと同じく、財産も国家に奪われる道理がないんですね。

 リバタリアンは近代国家が保証している3つの政策を否定します。それは、

1)保護の否定
 シートベルト着用義務などの否定。国民は好きなように怪我したり死んだりする権利がある!

2)道徳的法律の否定
 売春や児童ポルノなど、そんなのは国民の勝手だ!

3)富の再配分の拒否
 法律で税金として稼いだ金を巻き上げて弱者にばらまくのは拒否。国家にそんなことさせるなら、自分で慈善事業に寄付してやる!

 こんな主張を面と向かって言われたら、僕らはちょっと引いちゃいますね。けれど、僕らも自由主義者の思想的影響を強く受けています。表現の自由や市場の自由、規制撤廃などは基本的にリバタリアンの主張と同じです。

 リバタリアン的な見地に立てば、「課税:私の稼ぎを取り上げること」=「強制労働:私の労働を取り上げること」=「奴隷制:私を他者に所有させること」までは一直線に繋がっているんです。
 サンデル教授は、この過激に見えてどこか魅力的でもあるリバタリアンの主張も、痛烈に批判します。美徳への配慮がなく、自分の所有権を自分にあるとできるなら奴隷制度だって人身売買だって、それどころか人肉食だってできることになってしまう。あらゆる欲望が正当化されてしまいます。

市場原理こそが正義なのか?

 第4章「雇われ助っ人-市場と倫理」では、いよいよ「市場」が登場してきます。
 僕らも論争しているときに、「でもマーケットのニーズが」って相手に言われると引き下がっちゃいませんか?
 すべてをお金に換算して、その流れのバランス(市場原理)で考えようというのは、誰にでも合意ができそうに思えます。
 誰もが合意に達しやすくて、納得できる結論は、それこそ「正義」と言えるのではないだろうか? それならば、「市場」は正義なのか?

 「そうだ」という経済評論家やマーケッターは多いでしょう。
 サンデル教授は、第4章で徴兵制と志願兵制の問題を提示します。
 人を無理矢理兵隊にする徴兵制は非人間的で、志願兵制は人間的でしょうか? けれど、実際には「貧しいから兵隊に行くしかない」という人が大部分で、ハーバード大を出て兵役についた学生なんかほとんどいません。前線のアメリカ兵士も有色人種ばっかり。

 少なくとも徴兵制の時はこんな人種バランスはなかった。金持ちは兵隊に志願せず、貧乏人は自分の命を担保にして大学資金を貯めようとする。それが「市場原理」の世界です。
 続く代理出産や代理母の話でも、市場原理と「なにか間違ってる気がする」という僕たちの感性のずれをサンデル教授は紹介していきます。

『沈黙の艦隊』で学ぶ正義論

 さて、第5章「重要なのは動機—イマヌエル・カント」と第6章「平等をめぐる議論—ジョン・ロールズ」は、なかなか難しい。「定言話法」とか「契約の同意」の話が延々と続くから、みんなこの本を読むのがイヤになっちゃうんです。

 どうしてサンデル教授はこの本でカントとロールズを取り上げたんでしょう? それは現在のアメリカにおいて「自由至上主義」の影響力があまりに強すぎるから。リバタリアンたちは自由を至上のものとしているけど、本当の自由とか契約を言い出したら、ここまで考えざるを得ないんだぞバカ野郎!とサンデル教授がムキになったからだと思います。

 けれど、僕たち日本人には、そこまで原理的に思想をたどらなくても、数年前に大ヒットしたマンガのおかげで、「幸福」「権利」「自由」の対立に関して考えるクセがついてるので大丈夫! 日本人、それも30代~40代の男性に「幸福」「権利」「正義」を考えさせたマンガ。それは『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ著)です。
 『沈黙の艦隊』の中盤には、思想的な対立を巡り、マンガ内で選挙戦まで行われました。その思想対立は、まさにサンデル教授のやりたい「正義論」そのものでした。
 マンガの中では、政党党首の討論がテレビで生中継されます。「いま目の前に子供がいる。その子供を殺せば、10人の子供が助かる。あなたは殺すか?」という質問に答える党首たちは見事にリバタリアン、功利主義、カント主義、アリストテレス的な回答を出しました。

意外に東洋的なアリストテレスの考え方

 第7章は飛ばして、第8章「誰が何に値するか?—アリストテレス」。
 古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、理想的な政治体制を夢見た人です。「都市国家の目的と目標は善良な生活であり、社会生活の制度はそのための手段である」とまで言い切りました。

 この発言、すごくないですか? 僕たちはみんな「政治や道徳なんか、幸福のための手段だ」と思っています。だから個人の幸福が組織や政治に押しつぶされることに激しい反抗を感じます。でも、これは功利主義的またはリバタリアン的怒りであるともいえます。
 アリストテレスは、その逆です。政治はみんなの幸福のため、などという平成や昭和の政治家たちを笑い飛ばします。
「幸福? その尺度はなんだよ? 政治が庶民の幸福なんかに尽くしたらダメだろ! 政治というのは国民の幸福を定義して善導するためのものなんだよ!」

 同時にアリストテレスは「人は政治参加してはじめて「人間」になる。ミツバチなんかよりもずっと集団的な生物だ」と定義しています。
 人間には言語能力がある。でも、快楽や苦痛を表すためだけなら、ここまで高度な言語能力なんて必要ないんじゃないか。すなわち、「幸福の追求」「自由の追求」を考えるために、ここまで多様多彩な言語能力が必要なはずはない。なぜこんな言語能力があるのか? それは正邪を区分するため。熟考するための媒体だから。都市国家においてのみ、我々は人間の本質を体現できる。孤立している時、人は言語能力を発展させることもできない。道徳的熟慮も持てない。それは「神か獣」かのどちらかであって、人間ではない—。

 アリストテレスはさらに続けます。
 人間は都市国家に住まなくてはならない。なぜなら美徳や正義は「考えても身につかない」から。年中論じて、そのために身体を動かし、習慣になるまで行動しないと身につかない。技能と同じく「使わないと体得できない」。
 アリストテレスの考える政治や政治家像は、現代の僕らにはなかなかなじみにくいかれしれません。でも、ぶっちゃけってしまえば、アリストテレスの言ってることは「政治家=国家の教師」ということ。だから誰もが政治家を目指すべきで、国民は政治家の指し示す「理想の人間像」を目指すことを目標にすべき、となります。

 アリストテレスを奉じるサンデル教授の立論は、僕たち日本人にとって徐々に面白くなっていきます。なぜかというと、アリストテレスの主張はかなり「東洋的」だからです。
 西洋合理思想は、基本的に「無時間モデル」をベースにしています。これは、内田樹さんの受け売りですけど(笑)。
 「無時間モデル」とは原因と結果が直線的・直接的に繋がっているモデル。Aという現象にはBという原因がある。そののちCという結果がある。この時間モデルを哲学や思想に持ち込むとどうなると思います?
 無時間モデルで政治的議論を考えると、「最も正解を生み出す思想=良い思想」ということになります。「今の私+最善の思想=素晴らしい私」という時差ゼロで起動するのが最も「効率のいい」思想ですから。
 しかし、アリストテレスはこれを否定します。「どんな思想も、学んですぐにわかったりはしない。使いこなせたりもしない」。サンデル本を読んですぐに頭が良くなると期待する僕たちも否定されちゃいますね(笑)。

僕たちも、多かれ少なかれ「功利主義者」であり「リバタリアン」です。だからこの本を読みながら自分の意見の落としどころとして「勝てそうな」部分を探したり、「これで納得できる」という結論を探しちゃいます。
 アリストテレスは、いうなれば有時間モデル。「出来の良い生徒+正しい思想」だけでは、まだなにも生まれてこない。そいつを実社会の中に放り込んで、なにが正義かなにが悪か、徹底的に悩んで考えて議論させて数十年ぐらいしたら、いいカンジに仕上がってるんじゃないの?と考えるんです。

解答に飛びつくのではなく、正義道を修行せよ

 サンデル教授がこの本で宣言してるのは「正義学」ではなく、「正義道」。
 正義や道徳、正しさとは考えたり学んだりするものじゃない。サンデル教授によると、それは「修行する」ものです。
 それでは「修行」の目的は? 最大多数の幸福? 個人の権利の拡大? そうじゃないですよね。
 「正義道」の修行は、修行それ自体が目的です。国民に正義道こそが目的と教え、教導することが、サンデル教授の考えるコミュニタリアン(共同体主義者)の生き方に他なりません。
 僕たちは、価値相対的なものの見方や、効率や権利の主張に慣れている。だから「正義とはなにか?」という問いに対する答えが決して一致しないと知っています。サンデル教授もそれは否定していません。
 サンデル教授が嘆くのは、「議論しても結論が出ないから」と言う理由で議論の習慣を失ってしまった日本人の姿です。僕は六本木でサンデル教授の講義を聴きました。最前列から三番目の席から見た教授はかなりイラだってましたよ。サンデル教授が反論しやすい撒き餌をしているのに、なかなか議論が起動しないから。

 なぜ日本人は「正義」を知ってるのに、正義を語らないのか? なぜ功利主義的な、自由至上主義的な思想にかくも簡単に白旗を揚げてしまうのか? ハーバードで教えてる俺ですら「道」を極めようと修行してるのに! ……というのは、僕の勝手な妄想かもしれないけど、サンデル教授はそういうイライラ感を持っていたように見えました。

 今の世界は多元社会、多数の価値観が並列してる社会であり、それはサンデル教授も認めています。でも多元的な社会ということは多様な「善」がある社会でもあります。それで本当に人は生きていけるんでしょうか。多様な文化、多様な価値観を持っていても、僕たちはハリケーンでボロ儲けしようとする商人を見たら不快な感じがする。その弁護を聞くと「納得しなくちゃいけないのかなぁ」と自分を慰める。なぜだ? それは、心のどこかで「共通の善=正義」を求めているからではないでしょうか。

 サンデル教授の夢見るコミュニティ的国家は、「善への指向性」を持って、その追求に生涯をかける「お人好し」ばっかりの国なのかもしれない。でも、それってちょっとステキだと僕は思います。
 アリストテレスの主張は、言い換えると「育児するように自分を育てよう」ということになります。僕たちは育児する時に理想の環境・理想の教育を子どもに与えようとする。それと同じく、自分に理想や正義を語り、自分自身を数十年がかりで「教育」する。

 サンデル教授は、「幸福の最大化」、「自由の尊重」、「美徳の促進」という3つの価値観を提示しました。「幸福の最大化」と「自由の尊重」の2つだけでは、議論は単純な綱引きに終始してしまいます。そこで、美徳の促進という3つ目の軸を導入して、議論を多様化させる。こうやってずっと話し合いを続け、正義について考え続ける生き方こそ、彼の正義道です。

 そういう思想が、サンデル教授をハーバードでずっと教え続ける原動力になっているんでしょうね。

ケイクス

この連載について

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道徳の時間

岡田斗司夫

評価経済など新しい資本主義が加速しはじめた21世紀。 そんな新時代の「道徳」とは、一体どんなものでしょうか。 未来社会をサバイブする岡田斗司夫が、 ゲストとともに様々な事例を引用しながら、 現代の「道徳」について考えていきます。 (月...もっと読む

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コメント

rokoroko0919 正義〜 https://t.co/YlVEiiu3GL 3ヶ月前 replyretweetfavorite

akiyamas https://t.co/yJRXYhhEYn >しかし、この功利主義は、僕たち日本人がもっとも論破しにくく、「ロジカルシンキング」と思いこんでる考え方そのものであることに、注意してください。 良いこと言うな 11ヶ月前 replyretweetfavorite

naotaro_102 良本。幸福の最大化、自由の尊重、美徳の追及。社会問題を考える上でも役立つ思考のフレームワークを提供してくれた 1年以上前 replyretweetfavorite

decamarie ★~メモとして【https://t.co/3CRUOzUZ0A】~最小不幸を目指す!? 約2年前 replyretweetfavorite