第274回 放物線をつかまえて:投げたボールを追いかける(後編)

ニュートンの運動方程式から放物線を導こう!……ユーリといっしょにあなたもチャレンジ!

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

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図にしてみよう

ユーリは、 『ボールを投げると放物線を描いて飛ぶのはなぜか』という疑問について議論を続けている。

ニュートンの運動方程式を使って、いよいよ放物線$y = Ax^2$に迫っていくところ。

「……だから、質点の運動を考えるときには、計算しやすいように力を分解してかまわない(第273回参照)。僕たちは、ボールを投げたときの運動を考えたい。 地球からの引力は鉛直下向き。その方向に$y$軸を選んだ。そうすると計算が楽になる。 どうしてかというと、力の$x$成分が$0$になって、$x$方向には力が働かないことがいえるからね。 じゃ、いよいよ$x$方向と$y$方向それぞれにニュートンの運動方程式を使うよ!」

ユーリ「おー!」

「僕たちが考えようとしている質点の状況を改めて図にしていこう。質点を水平方向に投げるようすだよ。《質量》は$m$とする」

ユーリ「えーと、この$\FORCE$が引力だよね?」

「そう。$\FORCE$は地球からこの質点に掛かる《力》。ユーリのいう通り、引力だよ。重力ということもあるね。質点の運動を考えるときには、質点に掛かる力を《もれなく、だぶりなく》見つける必要があるけど、 ここでは地球から掛かる引力しかないから話は簡単だ」

ユーリ「そだね」

「そして、力を考えるときには《向き》《大きさ》に注意する必要がある。《向き》だけでもだめで、《大きさ》だけでもだめ。力はベクトルだから」

ユーリ「引力は下向き」

「うん、そう。地球が質点を真下に引っ張るから、質点に掛かる力の《向き》は鉛直下向きになる。ちょうど$y$軸をそこに重ねて、$y$軸の正の向きを下にしておく。計算が簡単になるようにするため。 力の《大きさ》は一定で$\FORCE$の大きさということになるけど、 実際には$y$成分の大きさだけだけど。下向きだから」

ユーリ「ほいほい」

「さて、この図には、質点の初めの《位置》が書いてある」

ユーリ「$(0,0)$」

「うん、質点の初めの《位置》を原点$O$に取ることにする。つまり$(x, y) = (0, 0)$に定めた。これも、計算が簡単になるための工夫」

ユーリ「ふむふむ」

「《位置》を座標平面の点として見るときには、$$ (x, y) = (0, 0) $$ のように書く方がなじみがあるけど、 ベクトルとして考えるときには、縦に並べて、 $$ \VECV{x}{y} = \VECV{0}{0} $$ のように書いてもいいね」

ユーリ「同じことだから?」

「そう、結局$x = 0$で$y = 0$ということをいってるだけだからね。さて、と。ここでクイズだよ」

ユーリ「クイズ?」

「僕たちはいま、質点を水平方向に投げたときに放物線を描くというのを確かめたいと思っている。 さっきは、質点の《力》と初めの《位置》を定めたよね」

ユーリ「うん、それがどしたの? クイズって何?」

「質点の運動を考えるためには、それ以外に何を定める必要があるかな?」

ユーリ「《質量》と、《力》と、初めの《位置》以外に足りないものがあるってこと?」

「そうそう、そういうこと。ボールを投げているときのようすを想像するんだ。《力》が掛かってる。初めの《位置》が決まっている。ボールが飛んでいくようすを……」

ユーリ「静かにして……」

「はいはい……」

ユーリ「……」

「……」

ユーリは口を閉じ、思考モードに入った。

説明を聞いているだけだと、わかった気になってしまう。

描かれたものを見るだけだと、知ってたような錯覚に陥ってしまう。

説明されていないこと、描かれていないものを見つけるのは難しい。

ユーリ「たぶんだけど……《時刻》は絶対必要だよね。そーゆーこと?」

「すごい! よく気付いたねえ。そうなんだ。運動を考えるためには、《時刻》が変化していくときに《位置》がどう変化するかを考えたい。 だから、《時刻》は決めておく必要がある。 話を簡単にするために、投げる瞬間の《時刻》を$0$としよう。 《時刻》を$t$で表すとすると、投げる瞬間の時刻は$t = 0$と表せることになる。 それからね……」

ユーリ「ちょっと待って、お兄ちゃん。足りないもの、もっとあるよね」

「おお、気付いたかな?」

ユーリ「えーと、ボールを水平方向に投げるじゃん? でも、思いっきり投げるときと、軽く投げるときは違うよね」

「そうだね!」

ユーリ「《それ》が足りない」

「《それ》とは?」

ユーリ「……うーん、でも、水平方向には力は掛からないんだよね?」

「質点に働く力は引力だけだから、下向きの力しか存在しない。水平方向に力は掛からない」

ユーリ「でも、遠くまで投げるときってあるじゃん……わかんねー!」

「答えを言ってもいいかな」

ユーリ「しかたないなー。言わせてあげよう!」

「初めの《速度》だよ。ボールを投げるんだから、質点には初めの《速度》を持っているはずなんだ」

ユーリ「速度! あー、そっかー!」

「ユーリが言った『思いっきり投げる』や『軽く投げる』というのは、初めの《速度》の大きさの違いを表現していたんだね」

ユーリ「うー……」

「ユーリが言った通り、手でボールを投げた瞬間、ボールに手から掛かる《力》はなくなる。《力》はなくなるけれど、初めの《速度》はある。もしも初めの《速度》がないとしたら、 それはボールを投げたときじゃなくて、ボールからそっと手を離してぽとり……と落とすときになる」

ユーリ「……」

「足りないものが《時刻》と《速度》っていうのは納得した?」

ユーリ「納得した……でも、なんだか悔しい。だって、ユーリ、《速度》のこと知ってたもん! わかってたもん!」

「そうだよね」

ユーリ「《時刻》で微分するたびに、《位置》→《速度》→《加速度》になるのもわかってたのにー!」

「うんうん、そうだよね。さて、僕たちの図をこんなふうに書き換えてみた。追加したのは、$$ t = 0 \qquad \REMTEXT{《時刻》} $$ と、 $$ \VELOCITY = \VECV{V_x}{V_y} \qquad \REMTEXT{《速度》} $$ の二つ。速度はベクトルだから太字で書いて、$x$成分と$y$成分をそれぞれ$V_x$と$V_y$にしたよ」

ユーリ「ふむふむふむー!」

「この図がボールを投げる瞬間を表しているとしたら、こんなふうに《読む》ことができる」

  • 《質量》が$m$である質点が、
  • 《時刻》$t = 0$で、
  • 初めの《位置》$(x,y) = (0,0)$にあり、
  • 初めの《速度》$\VELOCITY$を持っていて、
  • 《力》$\FORCE$が掛かっている状況。

ユーリ「おもしろーい!」

「お? いまのは整理しただけなんだけど、何かおもしろい要素あった?」

ユーリ「バラバラにしてるとこ! 《ボールを投げる》ことを、《質量》《時刻》《位置》《速度》《力》ってバラバラにしてるじゃん! それが何かおもしろい!」

「なるほどねえ……そういうところがツボなんだ」

ユーリ「ところでお兄ちゃん。《位置》を$(x,y)$で表してたけど、ほんとは、 $$ (x(t), y(t)) $$ だよね? さっき言ってたじゃん(第272回参照)」

「おおっと、それはすごい! その通り。どちらも時刻$t$の関数だからね!」

ユーリ「それから、もしかすると、$V_x$とか$V_y$ってゆーのは、実は$V_x(t)$や$V_y(t)$なんじゃないの?」

「冴えてるなあ! 正解だよ」

ユーリ「そうでしたら、きちんと書いた方がわかりやすいんじゃないかしら?」

「急にお嬢様になったな。確かに$V_x(t)$と書けば、これは速度の$x$成分で、時刻$t$の関数であるということがわかりやすいね」

ユーリ「よろしい。それでは、話を先に進めてくれたまえ」

「急にお偉方になったな」

$x$方向を考える

ユーリ「ほんで、ここからどーすんの?」

「うん。$x$方向と$y$方向に分けて考える。まずは$x$方向から行こう。$x$方向だけを見て、ニュートンの運動方程式を当てはめるんだ。 僕たちが使える道具は、いまのところニュートンの運動方程式だけだからね。 ニュートンの運動方程式を$x$方向と$y$方向に分けて書くとこうだったね(第273回参照)」

ニュートンの運動方程式

$$ \begin{cases} F_x &= m\alpha_x \\ F_y &= m\alpha_y \\ \end{cases} $$

ユーリ「$x$方向だけで考えるってことは、$$ F_x = m\alpha_x $$ を使うんじゃな」

「そういうことになるね。いま僕たちがやろうとしているのは《力》$F_x$と《質量》$m$がわかっているときに《加速度》$\alpha_x$を求めること」

ユーリ「そっか」

「$F_x = m\alpha_x$で、$F_x$は力の$x$成分で、$m$は質量で、$\alpha_x$は加速度の$x$成分になる。ところで$F_x$は具体的に値がわかるんだけど……ユーリはわかる?」

ユーリ「えっと、たぶん、$F_x = 0$かな?」

「それは、どうして?」

ユーリ「だって、《力》は下向きだから」

「そうだね。《力》は鉛直下向き。ということは、$y$成分しかない。$x$成分は$0$になる。あえて式で書くなら、 $$ \FORCE = \VECV{F_x}{F_y} = \VECV{0}{F_y} $$ ということ」

ユーリ「《力》が$0$だと《加速度》も$0$になる?」

「そういうことになる。いまのはニュートンの運動方程式からいえることだね。ニュートンの運動方程式は、 $$ F_x = m\alpha_x $$ だ。ここで$F_x = 0$としてみると、 $$ 0 = m\alpha_x $$ になる。だから、 $$ \alpha_x = 0 $$ がいえたことになる。これで、$x$方向の加速度$\alpha_x$は$0$であることがわかった」

ユーリ「ダウト!」

「えっ、何がダウト?」

ユーリ「ちっちっち。ユーリさまの目はごまかせませんぜ。$0 = m\alpha_x$から$\alpha_x = 0$をいうには、 $$ m \NEQ 0 $$ をいう必要があるよね。ゼロ割になるかもしんないじゃん!」

「ユーリは正しい。$m \NEQ 0$であることが必要だ。物理的に解釈するなら$m > 0$になるね。質量$m$は$0$より大きい」

ユーリ「ねーねー、お兄ちゃん、もしも$m < 0$だったらどーなるの?」

「それは負の質量を持った質点がもしも存在したらどうなるか、という話だね。ニュートンの運動方程式がそのまま成り立つと仮定するなら、 力を掛けた向きとは逆向きに加速することになるだろうね」

ユーリ「なんだそりゃあ……でも、リクツにあってる!」

「物理的な性質や法則を数式で表す意義の一つは《それ》なんだよ!」

ユーリ「《それ》って?」

「法則を数式で表して、その式を変形したり、いろんな値を代入したりする。極端な値を代入したり、あるいはまた極限を取ったり、もちろん微分や積分も使う……ともかく、数式を数学的にいじってみる」

ユーリ「そーすると?」

「その結果として数式から、物体の思いがけない性質や、直感に反する現象が導けたりすることがある」

ユーリ「でも、マイナスの質量なんて現実にはないじゃん?」

「本当に負の質量がないとするならば《どうしてだろう》という疑問が生まれ、研究が始まる。でも、もしかしたら将来、負の質量を持つような《未知の何か》が発見されるかもしれない。 そのときにはきっとその《未知の何か》は、力を掛けた向きとは逆向きに加速するはずだ。 つまり、数式が《未知の何か》が持っている性質をいわば予言したことになるね」

ユーリ「カッケー!」

「何かを数式で表すと、その数式をテコにして研究が進む。そしてまた《未知の何か》の性質を予言するかもしれない。すごいよね」

ユーリ「すごいにゃあ……よろしい、引き続き、放物線の話を進めてくれたまえ」

「急にお偉方に(略)」

$x$方向を考える(続き)

ユーリ「えーと、何の話だっけ」

「質量$m > 0$で力$F_x = 0$なので、ニュートンの運動方程式を使って加速度$\alpha_x = 0$がわかった。$x$方向の《加速度》は$0$だ。 《加速度》が$0$だと質点はどんなふうに動くだろう」

ユーリ「《加速度》が$0$だと《速度》は変わんない……あれ?」

「正解。《加速度》が$0$だと《速度》が変化しない。ということは、$x$方向には一定の《速度》で動き続けることになる」

ユーリ「《速度》が一定でいーの?」

「いいよ。$x$方向については、《時刻》$t = 0$の《速度》のままであり続けるという意味だね。 速度ベクトル$\VELOCITY$の$x$成分である$V_x(t)$は$t$の値によらず一定ということになる」

$$ \VELOCITY = \VECV{V_x(t)}{V_y(t)} $$

ユーリ「そっか、いまは$x$方向だけを考えてるんだった」

「ユーリは、$x$方向の初めの《速度》を式で表せる?」

ユーリ「$t = 0$のときの$V_x(t)$」

「そうだね。それは$V_x(0)$と表せる」

ユーリ「あっ、言いたかったのはそっち!」

「はいはい。投げた瞬間の《速度》の$x$成分は$V_x(0)$で、時刻$t$に関わらず《速度》の$x$成分は変わらないんだから、ずっと、$$ V_x(t) = V_x(0) $$ が成り立っていることがいえる」

ユーリ「それって……速度が変わらないってことだよね?」

「そうだよ。$x$方向の速度は$t$の値によらず変わらない。$t = 0$のときの速度$V_x(0)$のまま一定だといってる」

ユーリ「うん、わかった」

「ここまでで、質点の$x$方向の運動に関してこんな流れで考えてきた」

  • 力は$0$である。
  • ニュートンの運動方程式から、加速度は$0$である。
  • ということは速度は一定である。
  • つまり、最初の速度からずっと変わらない。
  • 式で表せば、どんな$t$についても$V_x(t) = V_x(0)$である。

ユーリ「オッケー! 次は$y$方向!」

「そうじゃないよ! まだ《速度》までしかわかっていない。《位置》を考えなくちゃ。つまり$x(t)$を求めたい」

ユーリ「あー、そかそか」

「これは簡単。速度が$V_x(t) = V_x(0)$で一定のときの、時刻$t$における位置$x(t)$は何だろう。 速度と位置の関係だけど……」

ユーリ「速度に時間を掛ける」

「うん、そういうこと。一定の速度$V_x(0)$に、時刻$0$からの時間$t$を掛ければ、位置の変化$x(t) - x(0)$が求められる。$V_x(0) \times t$つまり$V_x(0) t$だよ」

$$ x(t) - x(0) = V_x(0) t $$

ユーリ「時刻$t$の位置$x(t)$は、最初の位置$x(0)$から$V_x(0)t$だけ進んだ位置ってことでしょ?」

$$ x(t) = x(0) + V_x(0) t $$

「そうだね。同じことだ。式でいえば$x(0)$を移項しただけだし……ところで、最初の位置$x(0) = 0$だから、 $$ x(t) = V_x(0) t $$ と簡単な式になる。$x(0) = 0$が使えるのは、最初の位置を原点にしておいたから」

ユーリ「はいはい」

「いま僕たちは、《速度》から《位置》を得たわけだ」

ユーリ「そだね」

「ユーリはさらっと《速度に時間を掛ける》と言ったけど、これは《時刻》で《積分》していることに相当する

ユーリ「それ、やったことある! 面積でしょ?」

「そうそう。《速度のグラフ》から《位置のグラフ》を求めることが《積分》に相当するんだけど、それはちょうど《速度のグラフ》で面積を求めることになっている。 《速度》が一定のとき、掛かった時間を初めの速度に掛けるだけで《位置》が得られる。 掛かった時間が長方形の横の長さ、初めの速度が縦の長さ。掛け算で《位置》が得られる」

《速度のグラフ》から《位置のグラフ》を求める

ユーリ「そーそー!」

【宣伝タイム】

テトラ「ユーリちゃんと先輩の二人が《積分》の対話をするようすは、『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』 に収録されています!」

「これで、$x$方向を考えるのはおしまいだ。時刻$t$における位置$x(t)$がわかったからね」

  • 力は$0$である。
  • ニュートンの運動方程式から、加速度は$0$である。
  • ということは速度は一定である。
  • つまり、最初の速度からずっと変わらない。
  • 式で表せば、どんな$t$についても$V_x(t) = V_x(0)$である。
  • 位置は$x(t) = V_x(0) t$である。

時刻$t$における質点の位置($x$方向)

$$ x(t) = V_x(0) t $$

ユーリ「……」

「あれ? 難しくはないよね?」

ユーリ「ねー、お兄ちゃん。$\FBOX{V_x(0)}$って一つの数だよね。$3$とか$78.5$とか」

「そうだね。たとえば」

ユーリ「位置は$x(t) = V_x(0) t$であるってゆーと、すごく難しそうに見えるけど、これって、$t$の$\FBOX{V_x(0)}$倍ってことじゃん?」

「その通り。初速度$V_x(0)$に時刻$t$を掛ければ、時刻$t$の位置$x(t)$になるということだよ。もっとシンプルに表したいなら、時刻$t$の位置を$x$として、 $t = 0$における水平方向の速度を$v$と書けばいい。 そうすれば、 $$ x = v t $$ とシンプルになる。 さっきユーリお嬢様は、$V_x$じゃなくて$V_x(t)$と書いた方がわかりやすいって言ってたけど、 明示的に書くと式がごちゃごちゃして見えるともいえる。難しいね」

ユーリ「そっかー……」

「特に物理は文字がたくさん出てきて、何が時刻の関数で、何が定数なのか注意しないとわからない。 ぜんぶを明示的に書こうとすると意味はわかるけれど、式は複雑になる。 何を表しているのかを確かめつつ進むしかないよね」

ユーリ「そーゆーもんなんだ」

「そういうものだね。数式は言葉だから、伝える役に立つ。でもそのためには、何が表されているかをよく考える必要がある」

ユーリ「はいはい、《先生トーク》はそのくらいでいいや。次は$y$方向!」

$y$方向を考える

「$y$方向も考え方は同じ。ニュートンの運動方程式を使う」

ユーリ「$F_y = m\alpha_y$だね」

「そうそう。$m > 0$で$F_y > 0$だから、ニュートンの運動方程式から、$$ \alpha_y = \frac{F_y}{m} $$ がいえる。$F_y$は地球から質点に掛かる力で、$m$は質点の質量。 $F_y$は時刻で変化しないし、$m$も時刻で変化しない。 ということは$\alpha_y$は一定だということがわかる。 $x$方向では$\alpha_x = 0$で一定だったけど、$y$方向では$\alpha_y > 0$で一定ということになる。 つまり、$y$方向には等加速度で運動することになる。等・加速度運動だね。 《加速度》が正で一定だと、質点はどんなふうに動くかな」

ユーリ「《速度》がどんどん大きくなる」

「うん、そうだね。《どんどん大きくなる》というのは定性的な表現だ。でも僕たちは定量的にいえる」

ユーリ「ていりょーてき?」

「単に《どんどん大きくなる》というだけじゃなくて、いったいどのくらい、どのように大きくなるかまでいえる。まできちんと表現することを定量的というんだ」

ユーリ「りょーかい」

「加速度$\alpha_y$が一定だから、$$ V_y(t) - V_y(0) = \alpha_yt $$ と表せることになる。左辺は速度の変化で、右辺は加速度と時刻の積だね。 $V_y(0)$は何だかわかる?」

ユーリ「時刻$t = 0$のときの$y$方向の速度?」

「そうだね。具体的には?」

ユーリ「具体的には?」

「具体的には$0$になる。どうしてだと思う?」

ユーリ「……水平方向に投げているから」

「そういうこと。$x$方向に投げているから、$y$方向の速度は$0$になる。だから$V_y(0) = 0$となる。結局、$$ V_y(t) = \alpha_yt $$ が成り立つ。この式は、何と何の関係を表しているだろうか」

ユーリ「速度と時刻」

「その通り。ここはとても大事なところ。《速度》が《時刻》の関数として表されている。グラフで表してみると、$t$と$V_y(t)$の関係はこうなる。《速度》のグラフだ」

《速度》のグラフ$V_y(t) = \alpha_yt$

ユーリ「……」

「《速度》のグラフを使って、時刻$t$のときの《位置》を求めるにはどうすればいいだろう」

ユーリ「面積!」

「そうだね! さっき$x$方向でやったのと同じ。つまり、僕たちは《速度のグラフ》が作っている三角形の面積を求めればいいということになる!」

《速度》のグラフ$V_y(t) = \alpha_yt$が作る面積

ユーリ「三角形の面積だから、底辺×高さ÷2でしょ? 底辺が$t$で高さが$\alpha_y t$だから…… $$ t \times \alpha_y t \div 2 $$ ……ということ?」

「はい、正解! つまり、$$ \tfrac12\alpha_y t^2 $$ が、時刻$0$から$t$までの《位置》の変化になる。つまり、 $$ y(t) - y(0) = \tfrac12\alpha_y t^2 $$ 時刻$t$のときの位置$y(0)$は$0$だったから、 $$ y(t) = \tfrac12\alpha_y t^2 $$ が得られた」

《速度のグラフ》から《位置のグラフ》を求める

時刻$t$における質点の位置($y$方向)

$$ y(t) = \tfrac12\alpha_y t^2 $$

ユーリ「これで、$x$と$y$が出た!」

「両方をまとめると、こうなる」

時刻$t$における質点の位置$(x(t), y(t))$

$$ \begin{cases} x(t) &= V_x(0)t \\ y(t) &= \tfrac12\alpha_y t^2 \\ \end{cases} $$

ユーリ「えーと……これ、放物線?」

「もちろん。$y = Ax^2$という形にすればいい。二つの式から$t$を消せばいいんだよ。まず、$x(t) = V_x(0)t$から、 $$ t = \frac{x(t)}{V_x(0)} $$ が得られる。これを……」

ユーリ「あっ、代入すればいーのか……」

「そうだね。いまの$t$を、$y(t) = \tfrac12\alpha_y t^2$に代入すれば、 $$ \begin{align*} y(t) &= \tfrac12\alpha_y t^2 \\ &= \tfrac12\alpha_y \left(\frac{x(t)}{V_x(0)}\right)^2 \\ &= \frac{\alpha_y}{2V_x(0)^2}x(t)^2 \\ \end{align*} $$ となる。ここで、 $$ A = \frac{\alpha_y}{2V_x(0)^2} $$ とおけば、 $$ y(t) = Ax(t)^2 $$ になる。確かに、 $$ y = Ax^2 $$ という形だね。放物線だ!」

ユーリ「ちょっと待って! $V_x(0)$でさらっと割り算したけど、ゼロ割じゃないの?」

「おっと、ごめんごめん。$V_x(0) \NEQ 0$だよ。なぜなら、$x$方向の速度があるからね。$V_x(0) = 0$のときには、ボールからそっと手を離してぽとりと落とした状況に相当する。 その場合には、放物線はぺしゃんとつぶれてしまって、原点から下に落ちる半直線になっちゃうね」

ユーリ「そっか……」

「放物線が得られたのに、喜び方が小さいのはなぜだろう」

ユーリ「あのね、放物線なのはわかったの。でもね、その代わり、わかんないことが《どんどん》増えちゃった」

「もっと定量的にいうと?」

ユーリ「話、戻してもいい? すごく戻るんだけど」

「もちろん」

ユーリの疑問

ユーリ「ニュートンの運動方程式$F_y = m\alpha_y$から、$$ \alpha_y = \frac{F_y}{m} $$ って計算したじゃん?」

「$m > 0$としたからゼロ割じゃないよ」

ユーリ「いーから、黙って聞いて! ……この数式で気になることがあるの。質量$m$が分母に来てるじゃん。ということは、$m$を大きくしたら、 $$ \frac{F_y}{m} $$ は小さくなるよね? $m$をすごく大きくしたら、$F_y / m$はどんどん$0$に近づく。ってことは、$\alpha_y$も$0$に近づくんじゃないかって思ったの」

「すばらしい!」

ユーリ「それ、おかしいよね。質量を大きくしたら、加速度が小さくなる……ってことは、なかなか速度が大きくならない。 それって、高いところから重いもの投げたら、ゆっくり落ちるの?」

「ユーリの疑問はすばらしいよ。確かに、$F_y / m$で$m$を大きくしたら、加速度を表す分数自体の値は小さくなりそうだ。 それは、《質量$m$が大きければ動かしにくい》ということをいってるんだね。 でも、実は$F_y$に秘密があるんだ。$F_y$は質量が$m$の質点に掛かる力だよね」

ユーリ「地球からの引力」

「そう、引力。ニュートンの万有引力の法則によると、質量$m$の質点に地球から働く引力の大きさは、質量$m$に比例するんだ。 質量が$2$倍、$3$倍、……になれば、引力の大きさも$2$倍、$3$倍、……になる。 質量$m$の質点に地球から働く引力の大きさ$F_y$は、比例定数を$g$として、 $$ F_y = mg $$ と表せる」

ユーリ「ふーん……」

「さっきの式で$F_y$に$mg$を代入してみよう」

$$ \alpha_y = \frac{F_y}{m} = \frac{mg}{m} = g $$

ユーリ「$\alpha_y = g$になった?」

「そうなんだ。僕たちは、質点を投げたときの$y$方向の加速度を$\alpha_y$として考えてきた。実はそれは、重力加速度という名前がついていて、$g$と書かれる値に等しいんだ」

ユーリ「じゅうりょくかそくど」

「そう。地球からの引力に由来する加速度だね。重力加速度を$g$とすると、質点$m$に掛かる引力は鉛直下向きに$mg$の大きさとなる。確かに《質量$m$が大きければ動かしにくい》けれど、 《質量$m$が大きければ掛かる引力も大きい》んだよ。 約分して$m$が消えるというのは、 《動かしにくさ》と《引力の大きさ》の二つがちょうど打ち消しあっていることを表しているともいえる」

ユーリ「んー、待って待って。ほんとに$m$が消えてもいーの? $m$が無意味にならないの?」

「いいんだよ。むしろその式で$m$が消えることに意味がある。$y$方向に掛かる力を$F_y$として、$y$方向の加速度を$\alpha_y$とすると、 $$ \alpha_y = \frac{F_y}{m} = \frac{mg}{m} = g $$ という式になった。$\alpha_y = g$だ。 式の上で$m$が消えた。そこから言えることがある。 それは、 《地球の引力によって下向きに働く加速度は、質量$m$の大きさによらず一定である》ということ」

ユーリ「……!?」

「質量が小さくても、質量が大きくても、加速度は一定。だから、空気抵抗などを考えず、地球の引力だけが働いていると見なせる場合には、 高いところから重いボールと軽いボールを落としたときに同時に地上に到着する。 重くても軽くても……正確には質量が大きくても小さくても加速度は変わらないから、二つのボールは同じ距離だけ落ちるんだね」

ユーリ「あー……そーゆーふーにつながるんだ!」

(第274回終わり。第275回へ続く。そろそろお話は物理から離れます……たぶん)

($v$は$x$方向の初速度、$g$は重力加速度)

《積分》を基礎の基礎から学んでいこう!

ケイクス

この連載について

初回を読む
数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに11巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

aramisakihime 微分・積分シーズンの内容がうまく効いていますね。最後の「たぶん」がさてどうなりますか(笑) 2日前 replyretweetfavorite

tsatie すっかり忘れていてやっと読んだ... うーん。やはり鉛直方向なのだよなぁ... 平たい星... 2日前 replyretweetfavorite

Iutach 重力は、実は幻です。しかしこれは、あなたが建物の屋上から飛び降りても… https://t.co/oLybmXqECR 4日前 replyretweetfavorite

inaba_darkfox 質量によらずに加速度が決まるのほんと不思議。習ったときはすぐには信じられなかった気がする 4日前 replyretweetfavorite