中学生の時、リアルに思い描いた未来は、全然リアルじゃなかった

百鳥ユウカは、出産に立ち会うと約束したはずだったのに、渋沢の家でアキの出産を知ることになった。

アキが無事出産したことを、渋沢の家で知った。

半裸状態で牛乳を飲みながらスマホを見ていたユウカは、思わず牛乳を吹き出してしまった。

【アニ子の夢工場】というブログで、アキが一人娘を産んだことが報告されていたのだ。

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<アニ子の夢工場>


3月3日

滞在中の女性が15時間の難産の末、玉のような娘を産んだ。

母子ともに健康。

しかし、父親はおらんので、立ち合いはなし。

ふたりでよく頑張った。

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そのテキストを読んで、ユウカはさーっと血の気が引いた。

「これはまずい。わたし、出産の立ち合いをしたいって言ってたのに。まさかこんなに早く産まれるなんて……」

渋沢とむつみあってた時、スマホはずっと鞄の中に入れっぱなしだった。
急いで鞄の中のスマホをごそごそと引っ張り出すと、アキからの着信があった。

「あちゃ」

あんなにお世話になった人なのに、どんな顔して会ったらいいんだろう?

いや、悩んでる暇なんてない。一刻も早く会いに行かねば!

突然、どたばたし始めたユウカの物音に気づいて、渋沢も起きたみたいだ。

「どうしたの? ユウカさん」

「アキさんが産まれたみたい」

「アキさんは産まれないよ。アキさんの子どもが産まれたんだろう?」

「もう! そんなことはいいから、渋沢さん早く車出して」

渋沢も服を取り出して着替えると、急いで車で読谷村まで向かった。

渋沢の家からだと車で30分くらいの距離だ。

「ほんとに、私なにしてたんだろう? よりにもよってこんな時に」

「ナニしてたんだろう?(笑)」

アキが出産の苦しみにあえいでた時に、たしかにユウカと渋沢はセックスをしていた。

罪悪感が胸の中に充満していく。

「こないだ晶ちゃんが産んだばっかりなのに、また友達が出産で、出産ラッシュだね」

渋沢は、そんなユウカの思いとは別に、この珍しい状況について話してきていた。
ユウカの気持ちは早く読谷村に着きたい一心だったから(もっと強くアクセル踏んでよ)と思っていたけど、助手席に乗ってる身としては何もできないから、渋沢と話をすることにした。

「……そうね。もともと晶が妊婦だったから知り合いになったというのもあるけどね」

「アキさんっていう人は、初めての出産?」

このご時世、かなりナーバスな質問だが、男性らしい質問だと思った。

「そうだよ。ついでに言うと、お父さんもいない。昨年死んじゃったんだ」

「そうなんだ」

渋沢は、シングルマザーでアキが出産したことには特に触れなかった。
アキとユウカの関係についても「知り合ったきっかけは?」なんてことも聞いてこない。
聞いてきたのは意外な質問だった。

「ユウカさんは、子どもを産みたいとは思わないの?」

質問の真意がわからなくて、おそるおそる聞き返す。

「それは、どういう意味? この年になっても子どもがいないのが不思議ということ? それとも……」

「いや、違うよ。子どもが今まで欲しくなかったのかな? と思って」

そっちか。まぁ構わないけど。だいたい同じような質問の趣旨だ。 ユウカは正直に答えた。

「欲しいからって産むものじゃないでしょう? 一人でできるもんでもないし」

「そう? 女の人は一人でも産めるだろう。現に晶ちゃんもアキさんっていう友達も、2人ともシングルマザーじゃん」

「そうだけど……」

「だから、女の人は自分が産みたいって思った時には、産めると思うよ。今なら精子バンクみたいなものもあるし」

渋沢は、まったく自分とちがう思考回路を持っていることに、時折気づかされる。
身体の相性はよくても、心の相性はよくわからない。
でも、男性と女性でそもそも考え方もちがうし、まったく同じ考え方の異性なんてそもそもいないのかもしれない。

「渋沢さん、女の子ってね。 みんな中高生とかの時にね、必ず1回は自分の未来をリアルに想像するの。中高生の時はね、幼い時とちがってパン屋になりたいとかケーキ屋さんになりたいとかじゃなくて、もう少し現実的に考えるの。 20歳くらいで就職して、22歳くらいで好きな人と大恋愛して、24歳くらいの時に結婚して、26歳くらいの時に子どもが産まれて……で、子どもは2人くらい、とか。 女の子の予定表には、結婚も出産も普通に入っているの。 誰も、30過ぎても結婚相手も見つからずにフラフラして、子どもも産まずに仕事して……とかって考えない。
でも、中高生の時に夢想した未来を叶えてるのって、本当に一握りなのよね。 自分にもしも子どもがいたら、ってことも考えるけど、こればっかりは経験しないとわからないことだから、なんとも言えないわ」

「……で、子どもは産みたくないの?」

「誰もそんなこと言ってないじゃん!」

「いや、話長いなと思って(笑)」

「じゃあ、渋沢さんは子ども産まない女をどう思ってるの?」

「女性は子どもを産む器械だと思ってるから、産まない女の人は人間的に欠陥があると思うよ」

「……なっ」

「そんなこと言うと思った? 夢を叶えることだけが正しいことではないよ。そんなことしたら世の中はパイロットとケーキ屋さんばっかりになっちゃうよ。きっと人って育ってきた環境の中で、自分の役割をだんだんと見つけるんだと思う。女の人は元々男と違って子どもが産めるからそれを自分の役割だと思う人も多いよね」

「うん、そうね。だから、私は自分の役割果たしてないようにも思うかも」

「今、世界中の人口ってどれくらいいると思う?」

「なに突然? えーっと……わかんない」

「77億人もいるんだよ。そんなにいるんだったら、その役割にこだわる必要はないんじゃない?」

「でもさ、少子高齢化って言うから、やっぱり女の人は産むのが役割じゃないの?」

「でもね、世界全体で考えたら、この20年の人口は歴史上で一番増えてるんだよ。ただ、日本という国単体でみると、いつも少子化の話をされるから、どうしても産まないことに罪悪感を覚えたりするかもしれないね。77億人もいれば、ユウカさんの代わりに子どもをたくさん産んでくれる人もいるし、ユウカさんが自分の役割だと思ってることを代わりにやる人もいる」

「じゃあ、私の役割ってなに?」

「それは自由に決めていいんだよ。子どもを産むことでもいいし、好きなことをやってもいい。気持ちいいことだってやり続けてもいいんだよ。人類が滅亡しない限りはね」

ユウカはなんて答えていいのかわからないでいると、ちょうど車が読谷村に到着した。

「じゃあ、行ってくるね」と一言残して、ユウカは車を後にした。

アニ子の家の玄関を開けると、初めて来たときのように誰かが迎えに来る感じではなかった。

思い切って、勝手に玄関をあがってアキの部屋へと向かう。

そして、ユウカはアキの部屋の前で一息つくと、勢いよく扉を開けた。

「アキさん!! ごめん。立ち会えなくて」

開口一番、謝罪から部屋に入っていくと、布団に横になったアキがこっちを向いて笑顔になったことでユウカは心から安心した。

「ほんとよ、まったく。電話も全然でないんだから。何してたの?」

「ずっと、電話を鞄に入れっぱなしで……その……」

「まぁ、いいわよ。とりあえず無事に産まれたわ。あんまり大きな音立てないでね。今横で寝てるから」

「わぁ、かわいい」

「竜平さんも歳だったし、私も高齢出産だったから心配だったけど、この子が五体満足でよかったわ」

扉が後ろで開く音がした。ユウカが来たことに家人が気づいたんだろう。

「こんなに長い出産は久しぶりじゃったわ」

振り向くと、いつの間にかアニ子婆が立っていた。

「二人ともようがんばった」

「え、私? 何かがんばったかしら?」

ユウカがとぼけた答えを返すと、アニ子は真っ向から否定した。

「ちがう、お前じゃない。そっちの娘の方じゃ」

そう言って、アキの横で寝ている新生児を指差した。

ユウカは、自分の恥ずかしい間違いに、顔を赤らめて、なんとか別の話題を探した。

「……そういえば、アキさん、赤ちゃんにもう名前ってつけたんですか?」

「うん、今日子。昨日より、明日より、今日を大事に生きて欲しいと思ったから、そういう名前にしたの」

「へぇ〜、素敵ですね。ここに来るまでも思ったんだけど、赤ちゃん見たら私も産んだ方がいいのかなぁ、なんて、なおさら感じちゃったかも」

「ユウカ、思いがけないことが起きるのが人生よ。私なんて去年まで産むなんて1ミリも考えたことがなかったわ。この子も私から生まれるなんて思ってなかったんじゃない?  明日のことなんて考えなくていいの」

「でも本当に可愛いですね。こんな子が私の子どもだったら、毎日楽しいかも」

「そんな新しく買ったバッグみたいなこと言わないで。子どもはあなたの人生を変えてくれる何かじゃないのよ」

アキは自分の人生をコントロールしてると思っていた。

でも、子どもの名前につけたように、昨日のことに縛られず、明日のことを考えず、今日のことだけを真剣にやってきたんだろう。

私は、いつも未来のことや周りのことばかり心配している。

<イラスト:ハセガワシオリ

この連載について

初回を読む
結婚できない2.0〜百鳥ユウカの婚活日記〜

菅沙絵

友人たちが彼女につけたあだ名は「レジェンド・ユウカ」。結婚市場に残された最後の掘り出し物という意味だと説明されたが、たぶん揶揄する意味もある。妥協を知らない彼女が最後にどんな男と結婚をするのか、既婚の友人たちは全員興味深げにユウカさん...もっと読む

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