なぜ日本の街にはアナウンスが溢れているのか

海外に比べて日本は注意書きやアナウンスが行き届いている、といわれます。しかし、その反面、自分でなんとかする力は弱くなってしまっているのかもしれません。

昨日、子どもとクアラルンプールの焼肉屋さんに行ったのです。
網が出てきて、肉も出てきました。
店員さんが最初に「ちょっと待ってね」と言ったのですが、その後しばらくたっても誰も出てこない。そこで、店員さんを待たずに私は肉を焼き始めたのです。

そしたら、それがいけなかった。
なんか炎が出て、ボーボー燃え始めました。
すぐに店員さんが飛んできて、火を止めて、肉を交換してくれたのです。

実はこれ、新しいタイプの焼肉屋さんでして、網の上に石を乗せて、その石の上で焼かなければいけなかったようです。
つまり店員さんの最初の「ちょっと待ってね」を守らなければいけなかたっと。子どもは「だから聞いた方がいいよって言ったじゃん」と言いました。

お店側は「サービスするから気にしないで」と言いました。
けれど、私と子どもは、「こちらの不手際だから、追加してくれた食材の分は、お金を払おう」と話しました。

そういえば、日本でだったら、多分、注意書きがあちこちに書いてあったことでしょう。
けれど、ここはマレーシア。
注意書きやアナウンスが極端に少ないです。

「不親切じゃないか」という人もいるかもしれません。
けれど、その分、人々はわからないことがあったら、自分で考えて判断したり、相手に聞くコミュニケーションで補ったりするわけです。私はそれで失敗したわけですが、ここでお店に「注意書きがないじゃないか!」と怒る人は、多分あまりいないんじゃないでしょうか(中には、私みたいに失敗する人もいるでしょうが)。


手取り足取りな日本のアナウンス

日本に帰って感じること、それはアナウンスの多さです。

羽田空港に着いて電車に乗るまでに、たくさんの注意アナウンスが流れてきます。

「エスカレーターではこのように乗ってください」
「ホームでは押しあわないようにご注意ください」
「駆け込み乗車はおやめください」

みたいなのを聞くと、「ああ、帰ってきたなー」と実感します。
同時に、なんだか、ありとあらゆることを指示されて動く何かの一部になったような感じがするのです。

それ以外にも店のBGMやトイレで流れてくる音、呼び込みの音など、とにかく、音の洪水で慣れるまではびっくりします。

マレーシアではどうか、と言いますと、アナウンスはほとんどなかったりします。
注意書きや案内も最小限です。

それどころかクアラルンプール国際空港では2018年に、アナウンスを極力やめる「サイレント・エアポート」宣言をして、話題になりました。

これは公共のアナウンスをできるだけ減らす運動で、空港の「音の公害」を減らそうと、ロンドン・シティ空港やフィンランドのヘルシンキ空港、スペインのバルセロナ・エル・プラト空港やシンガポールのチャンギ国際空港などで行われている試みなのだそうです。

では、フライト・スケジュールが知りたい人はどうするかというと、案内板を見るか、係員にコミュニケーションしてくださいね、ということなのです。

余談ですが、マレーシアには「世界一静か」なことで知られるスターバックスもあります。ここはスタッフ全員が聴覚障害を持つ方で、指差しで注文するルールなのです。

そんなわけなので、アナウンスや注意書きの少ないマレーシアに来て「不親切だ」と言ってる日本人は少なくありません。たった1分電車が遅れただけでアナウンスする日本に比べ、クアラルンプールの電車では、30分遅れようが、謝罪なんて滅多にありません。「なんだか電車が来ないな」と思って聞いてみると、「30分遅れてるよ」と教えてもらえる、という塩梅です。これに対して、怒っている人も少ないです。

これは、多分、昨今のシステムが整いすぎた中で受け身で育ってきた日本人の特性ゆえなんだろうな、と思います。

システム側から指示してもらうことが当たり前で、そこにエラーは少ない。日本にいると、まるで社会全体がお節介な世話焼きお母さんのようで、それはある意味とても安心してぼーっとして生きていける社会でもあるのです。

ただ、同時に、だんだん「自分が考えること」や「他人に聞いたりすること」が減っていく。何事も完璧な状態で用意されるようになり、自分で考えることが減ると、あらかじめ指示してほしい、細かくマニュアルを作って欲しい人が大半になっていく。相乗効果で、さらにアナウンスや注意書きが増えていく循環なのかもなーと思います。

そろそろ、アナウンスや注意書きを減らす時期に来ているのかもしれません。

それではまた。

Image by chrisisapilot from Pixabay


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野本響子さんのnoteでは、多様で寛容な国、マレーシアの実態をより幅広くお伝えしています。

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怒らない力—マレーシアで教わったこと

野本響子

編集者・ライターの野本響子さんがマレーシアで暮らし始めて感じたのは、日本にくらべて驚くほど寛容なマレーシアの社会。「迷惑は掛け合うのが当たり前」「怒る人ほど損をする」など、日本人の常識からしたら驚くことばかり。 この連載では、そんなマ...もっと読む

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コメント

gimpeijoe 確かにうるさい。日本の街は。 3日前 replyretweetfavorite

GraspVietnam こういうこと海外在住者が今更いうのつらいなーって思う。 日本って半世紀以上ずーっとこんな感じ。 中島義道のつらさ。 https://t.co/2kNkGgsoQW 4日前 replyretweetfavorite

kiki85641279 これは本当にそうだと思う。日本はサービスやらアナウンスが過剰。公害レベル。中島義道の「うるさい日本のわたし」おすすめです。みんなが考えない頭になる前に何とかしないといけないと思う。 https://t.co/OpFIbkyJ6N 4日前 replyretweetfavorite

shi9et 本当にそうだなと思う。 4日前 replyretweetfavorite