いつも「このカップリングを推しているのは私ひとり」状態
溝口彰子(以下、溝口) 紗久楽さんは、単行本デビューは江戸の浮世絵師たちを描いた『当世浮世絵類考 猫舌ごころも恋のうち』で、BLではない作品です。その後、幕末の歌舞伎をテーマにした『かぶき伊左』や、畠中恵さんの『まんまこと』のコミカライズなどを経て、本格派の江戸ものを描くマンガ家として実績を積まれてきました。そのあと初のBL作品として描かれたのが、『百と卍』です。
私は『百と卍』で紗久楽さんを知りましたが、そのきっかけを作ってくれたのは、デザイナーの内川たくやさんだったんです。
紗久楽さわ(以下、紗久楽) そうだったんですか! 内川さん、ありがたいです。
溝口 彼は私の著書『BL進化論』シリーズのデザインをしてくださっていて、「最近どんなお仕事をされているんですか?」と聞いたら、「『百と卍』という、すごい作品のデザインをしているんですよ」と(笑)。
そこから『かぶき伊左』なども遡って読んだのですが、江戸文化にものすごく詳しい作家さんだからこその作品だと感じました。改めて、『百と卍』が生まれた背景についてお聞きしたいと思います。まず、BLは以前から好きだったのでしょうか?
紗久楽 ずっとBLは好きだったんですけど、あまりそう認識されていなかったみたいです。私、好きになるカップリングが、周りから見るととても特殊みたいで……。いつも「このカップリングを推しているのは私のみ」という状態で、プレゼンが毎回大変なので(笑)、あえてまわりにもそんなには言っていなかったんです。
溝口 そうだったんですね(笑)。
紗久楽 『百と卍』を描くにあたっては、男色についてや、春画を真似して描きたいという気持ちがまずありました。そうすると、自分が今一番描きたいジャンルはBLだろうと。あと、私は近藤ようこさんという、中世や戦争の時代を描いている先生のマンガが好きなんです。近藤先生は、商業デビュー時に成人向けマンガ誌などで描かれていて、「エロいシーンを描くのもいいな」と、ポルノっぽい作品を描くことにも抵抗はなかったんです。
溝口 なるほど。現代の時間軸だけだと、ポルノって、大半が異性愛男性向けに女性が客体化された表現物で、というところから出発しがちですが、紗久楽さんの場合はスタート地点からして江戸文化だし、表現の主体としての意識が勝っていらしたということですね。いいお話です(笑)。
紗久楽 ほんと、BLは純粋に描きたいから描いたという感じですね。
初のコラボレーションイラスト制作の裏側
溝口 今回、贅沢なことに、「BLのこれから——セクシュアリティの歴史、BLの未来」というテーマで、雲田さんと紗久楽さんがコラボイラストを描き下ろしてくださいました。素敵!
男性キャラクターはふたりとも、細腰で美形な若者というところは共通しています。キセルとタバコ、それぞれから出ている煙でつながっているところもいいですね。ふたりが持つしなやかなカーブが、全体的にとてもエレガントです。こちらはどんなふうに構想されて、コラボレーションを進めたのでしょうか?
雲田はるこ(以下、雲田) おもにLINEで、けっこう密に相談しましたね。色合いも合わせたかったので、最初に私がざっと描いて「こういうふうにしたい」と伝えたら、「なるほど」と紗久楽さんが描いてくれて。そこから色をちょっとずつ乗せていきました。
紗久楽 最初に雲田さんにラフをもらったときは色がついていなかったので、「キャラが着ているジャケットは何色なんですか?」と聞いたら、「こういう感じにしようと思う」と、雲田さんがジャケットの写真を送ってくださったんです。そこで、私がそのジャケットにそっくりな着物を絵巻物から探して……。
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