パク・ミンギュの衝撃
僕が韓国文学と出会ったのはわりと最近だ。2015年にパク・ミンギュの短編集『カステラ』が第一回の日本翻訳大賞を獲って、その年の年末になんとなく読んでみたのだった。
一読して驚いた。というか、ものすごく驚いた。ほとんど、未知の大陸がいきなり開けた!みたいな感じだったのだ。日本のすぐ隣に、村上春樹や高橋源一郎といった日本現代文学の一番いいところを踏まえた上で、オリジナルに展開させた書き手がいたなんて。韓国ってなんなんだ?
僕が特に好きだったのは「コリアン・スタンダーズ」という短編だ。学生運動の闘士だった先輩を後輩が訪ねていく。政治の季節は終わり、世の中は自分の肩書きをよくすることしか考えていない人でいっぱいだ。でも不器用な先輩は変われない。国会議員にならないか、という誘いも断り、田舎で有機農業をやっている。
けれども先輩は新たな苦境に直面していた。先輩の農場を度々UFOが襲撃し、その度に大量の農作物を焼き払うのだ。なぜ宇宙人がそんなことをするのかわからない。こんなこともうやめたら、と後輩が言うと、先輩はこう答える。「だけどな、ソクヒョン。誰か一人は、/止揚し続けていかなくてはならないだろ」(192ページ)。
止揚ってどういうことなんだろう? でも自分だけは踏みとどまるつもりだ、という先輩の気持ちは伝わってくる。後輩はどう言葉をかければいいかわからなくて、宇宙人による農場襲撃を目の当たりにしても、「ここ・・・・・・蚊が多いですよ」(196ページ)としか言えない。
斉藤真理子という翻訳者
果たしてパク・ミンギュはふざけてるのか? だがその割には、彼の筆致はシリアスで叙情的だ。けれどただ真面目に書いているのかと言われれば、奇妙なユーモアが文章を貫いていて、それだけとも思えない。要するに、彼がものすごく優れた書き手だ、ということだけは伝わってくる。
こうした作家の作品にどうして今までアクセスできなかったのか。そして韓国には、他にもどれだけ優れた作家がいるのか。韓国語力ゼロの僕は、次の翻訳を待ちながら、英訳を探し、なおかつカタツムリよりも遅い歩みで韓国語を学び始めるしかなかった。
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