性転換、そして家族になる
ナリさんは、性転換を決意してから2年が経つ28歳の頃、タイで胸と子宮と卵巣を摘出する性別適合手術を受けた。結衣さんも愛梨ちゃんを両親に預け、付き添った。手術自体は5時間ほど、術後は全身麻酔の影響もあって意識は朦朧とし、身体が激しく熱くなった。10日間入院し、帰国後、戸籍の性別と名前を変えた。
職場に戻り、制服なども含め男性に変えてもらった。
「同僚や上司に打ち明けてもみんなびっくりしなくて、やっぱりなっていう反応。入った頃から男っぽかったので、自分から言わなくても気づいてる人は気づいてたみたい。『やっと扱いやすくなった』とも言われた(笑)。噂は立つので、よく知らない人からジロジロ見られることはあったけど、全く気にならない」
同棲を始めた頃からナリさんと同じ職場で働き始めた結衣さんも、手術前はナリさんと一緒にいることで間接的に関係性を聞かれたり、噂を耳にしたり肩身が狭い思いをしたけれど、手術後は自分から話すこともでき、楽になった。
ナリさんは性転換をしたことでこれまでずっと続けてきた女子バスケ部を辞めることになった。でも、悔いはない。これまで十分やりきったという自負もある。バスケの練習や試合がない休日があることが新鮮なくらいだ。試合には出られないけれど、練習に参加したり、試合を見に行ったりすることはできるし、またやりたくなったら始めればいい。
性転換をして、胸の膨らみがなくなったという実感はあるけれど、それ以外、ナリさん自身はそのままで変わらない。でも周りの目が変わり生きやすくなった。堂々と男子トイレに入れるし、証明書も見せられるし、病院にも行ける。それまで日常のなかで抱いていた違和感やストレスが消えた。
術後、ナリさんが我が家に遊びに来た時、服をまくり上げて、胸を見せてくれた。平らな胸の下に残るミミズ腫れした痛々しい傷とは裏腹に、ナリさんの表情は誇り高く満たされていた。私は、話を聞くまで、子宮を取り除かないと結婚できない日本の制度や見た目で性別を判断する社会に、ナリさんが自身の身体にメスを入れなければならない理由があるのかもしれないと思っていた。もちろんその側面もあると思うけれど、ナリさんのその凜とした表情を見た時に、ナリさんは、結婚するためでもなく、世間体でもなく、家族や誰かのためでもなく、自分が自分であるために、心と一致する身体を手に入れたのだ、ということが胸にストンと落ちてきた。ナリさんは持って生まれた子宮を手放した代わりに、偽りのない「自分」を生きることを、自分にゆるしたのだと。
戸籍上も男になったナリさんは、2年の付き合いを経て、結衣さんと結婚。
お互いの両親もこの頃には、セクシャリティへの理解を深め、ナリさんと結衣さんの関係を認めてくれた。
結婚後は結衣さんの実家に入り、二世帯で暮らしている。ある時結衣さんは、当初否定的だったお母さんに思い切って「誠のことをどう思ってる?」と聞いてみた。
「あの時はびっくりしたけど、今はもちろん心から大事な家族の一員だと思っているよ」
大丈夫だと思いつつも心のどこかで引っかかっていた結衣さんは、その言葉を聞いて胸を撫で下ろした。家族であることに、ナリさんの性の事情はもう関係ない。
ナリさんの母も、手術当日にも心配して電話をくれた。その後も実家へ帰ると結衣さんを歓迎し、愛梨ちゃんを孫としてかわいがってくれる。頑なにかぶりを振っていたのが嘘みたいに、「男」のナリさんにこれまでと何ら変わらず接してくれる。親としてナリさんが自ら掴んだ幸せを祝福しているのだろう。
「自分の性を認識した時、結婚も、親になることも当然無理だと思ってた。当時は、結婚とか子どもとかまで考えが及んでいなくて、男になりたい、自分の性を生きたいという思いが強くて。どうせ一人で生きていくんだから、好きに生きたいという気持ちで性転換をしたかった。性転換をして、結果的に、思い描けなかった自分の家族をつくることができて、幸せに思う