桜を撮らなくなってどれくらいだろう。もう、桜を撮ることはやめてしまった。
東京で初めて見たソメイヨシノは圧巻だった。南国育ちの私は、日本国本土に誇れる本当に律儀な
春になるとカメラを持って桜を追いかけた。咲き始めの蕾を見上げて今か今かとレンズを覗き、満開の花びらに狂喜乱舞して、散りゆく桜吹雪に恍惚と溺れ、くらくらと目を回しながら何度も何度もシャッターを切る。何本も何本もフイルムを費やした。懲りもせず、毎年毎年寝ても覚めても、そのたとえようのない凄まじい美しさを限られた時間の中で、さて、どうしてくれよう? と。それはまるで雲をも掴むに等しい挑戦だったのだろうけど。私はせっせと桜を撮り続けた。
しかし一度も、ただの一度も、この目が見たままの美しさをそっくり写真に収めることはできなかった。現像からあがってきたプリントを見ては例外なく肩を落として、過ぎた季節を恨んだ。
ある時、私は観念した。桜は手中に収めることなどできないのだと。そして、私はようやくカメラを置いたのだ。
富士山に向かう車中、私は助手席から見える景色に困惑していた。いくつも山があってどれが富士山だかわからない、あの山かも、この山かもしれない、いや、実はあれが富士山だったかもしれないと窓ガラスに顔を押しつけてぼやいていた。運転席の彼は笑って「富士山は見ればすぐにわかるから大丈夫」と言う。しかし
臨月に幾度となく襲ってくる下腹部の痛みの中には、時として尋常でないと感じるものがあった。「う、産まれる」といったその時とそうでない痛みとではどう区別しようがあるんだろう? と私は
手に負えやしないそれらいくつかのことがら。
懐かしい風に吹かれて、私は助手席に座る夢を見る。あなたがいなくなった世界でも、また桜は咲く。
私はカメラを持たずに桜の中を行こう。もうどうにでもしてくれと、両手を上げて花びらに打たれながら、同時に私は自由だとも知るのだ。