生命式

この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶんだって、僕は思います」

山本の家族から残りものをいただいて生命式を終えた池谷は一人、山本の好きだった海へと向かう。鎌倉の暗い海を見ながら「山本」を食べていると、見知らぬ男性に声をかけられ…

『コンビニ人間』で芥川賞を受賞し、世界的な注目を集める村田沙耶香の最新短編集『生命式』より、表題作「生命式」を全文公開。脳を揺さぶるかつてない読書体験を約束します!

終電で辿りついたのは、鎌倉の海だった。
山本も海が好きだった。社員旅行で行った三崎港の海で、皆が止めるのもかまわずジーンズをまくって海に入り、服をびしょびしょにしてしまったりしていた。
海はいい。人間がはるか昔に住んでいた場所だから、DNAが懐かしがるんだ。山本は、そのときそう言っていた。
山本の愛した世界。地球という大きな塊が体験している時の流れにとっては、ただの一瞬でしかない、私たち人類の命のまたたき。私たちはそのとてつもなく長い一瞬の中で、進化し続け、変容し続けている。そのとまらない万華鏡の一瞬の光景の中に、自分はいるのだ。
私はゆっくりとタッパーをあけた。
中には、きちんと並んだ山本の角煮が入ったおにぎりが三つと、もう一つのタッパーには、パプリカなどの野菜もたくさん入った、山本のカシューナッツ炒めが入っていた。
「あの、何してるんですか?」
突然声をかけられ、私は驚いて振り向いた。

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今や世界が大注目!芥川賞作家・村田沙耶香自身がセレクトした12篇。文学史上、最も危険な短編集!

生命式

村田沙耶香
河出書房新社
2019-10-16

この連載について

初回を読む
生命式

村田沙耶香

「夫も食べてもらえると喜ぶと思うんで」…葬式と違い、国の補助が出る生命式。生命式とは、死んだ人間を食べながら、男女が受精相手を探し、相手を見つけたら二人で式から退場してどこかで受精を行う式で……。 『コンビニ人間』で芥川賞を受賞し、...もっと読む

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unravel9 最後の五行が美しい。  約1ヶ月前 replyretweetfavorite