セクシャルな彼女と、ノンセクシャルな私

今回、牧村さんのもとには「自分に性的欲求や性的興奮がないことに悩んでいる」という女性の方からのお悩みが届きました。「ノンセクという言葉があることを知って安心したけれど、1年近く付き合っている彼女と一緒に気持ちよくなれないのが悲しい」という相談者さんに、牧村さんは優しく寄り添いながら、どうしたら本当に望んでいるものに出会えるかを考えていきます。キーワードは、「君の瞳に映る僕」です。


※牧村さんに聞いてみたいことやこの連載に対する感想がある方は、応募フォームを通じてお送りください! HN・匿名でもかまいません。

日本語って、ほんと面白いんですけど、性愛の話をするときカタカナになりがちなんですよね。

「セックス」
「カップル」
「ポリアモリー」

ね。あえて外国語の音を、そのままカタカナにして言うでしょ、性愛の話。

さらに興味深いのが、「日本で新しくできた言葉であってもカタカナで外来語っぽく仕立てる」現象です。

「セルフプレジャー」
「Xジェンダー」
「ノンセクシュアル(ノンセク)」

このへんは英語っぽいですけど、実際英語使ってますけど、いわゆる、和製英語なんですよ。

それぞれ日本語で「自慰」「自分を“男性”にも“女性”にも当てはめきらないあり方」「他者を性欲の対象にしないあり方、非性愛者」。ですけど、こうやって日本語で言った時の生々しさ、新しさに欠ける感、SNSのハッシュタグにしてもキマらない感、などを避けるためか、なんかね、われわれ日本語話者、カタカナでフレッシュなワード作るんですよね。クリエイティブに。

それこそがさ、日本語を話す人たちの工夫でしょ。 もともと文字を持たなかったけれども大陸から漢字を輸入し、そこからひらがなやカタカナを作っていった。長いこと鎖国していたけれども開国し、海の向こうからきた物や技術や考え方を吸収、「ハヤシライス」とか「大正デモクラシー」みたいな、うまい日本風アレンジを生み出していった。そういう歴史を持つ言葉が、日本語でしょ。

だから、ね、日本語で苦しくならないで。 たとえば「ノンセク(他者を性欲の対象にしないあり方)」っていう日本産の言葉を、海外から来た新しい思想みたいに思い込んで、そこに自分をキュッと当てはめて、「ノンセクな自分はノンセクじゃない彼女とは一緒に気持ちよくなれないんだ……」だなんて、思い込まないで。自分を不自由にする言葉は、実は、誰かが自由になるために作った言葉なんですよ。ほんとは、自由になれるのよ。

今日ご紹介するのは、「性的欲求や性的興奮を感じない。ノンセクという言葉を見つけて安心したけれど、彼女と一緒に気持ちよくなれないのが悲しい」というご投稿です。

牧村さんこんにちは! いつも楽しく読ませていただいています。私も女が好きな女ですが、牧村さんの優しくも背中をそっと押してくれるようなアドバイスに、毎回励まされています。

今回、はじめて相談を送らせていただきました。読んでいただけたら、嬉しいです。

私は現在、自分に性的欲求や性的興奮がないことに悩んでいます。 色々調べてノンセクシャルという言葉があることを知り、「私はこれに当てはまるのではないか」と一時は安心したのですが、気持ちの整理が追いつかないのです。

というのも、私には付き合って1年近くになる彼女がいます。 自分がノンセクであるかもしれないというのは、彼女とスキンシップや性行為をしても興奮しなかったことで気づきました。 彼女とそのことですれ違いが起きたこともありましたが、時間をかけて話し合い、「性行為はお互いが辛くならない範囲でしよう」ということになりました。

私には性的興奮はありませんが、彼女に欲求があることや行為に気持ちよさを感じていることは理解できます。 なので、彼女が求めているときはなるべく応じたい、気持ちよくさせてあげたいと思います。 ただ、気持ちよくなっている彼女を見て嬉しいと思う反面、「なぜ、私は同じ気持ちになれないのだろう」と思ってしまうときがあるのです。

私はこれまで、スキンシップや性行為で感じられる気持ちよさや幸福感に憧れを持っていました。 マンガを読んだり友達カップルの話を聞いたりする中で、「すごく気持ちいいらしいけど、どんな感じなんだろう」「私も恋人ができたら分かるんだろうな」などとニヤニヤ考えたりしていました。 でも、実際に交際してみて、いくら好きな人が相手でも、私にはそういった感情を持つことが叶わないのだと分かってしまいました。

好きな人との行為で幸福感を得ること、好きな人と同じ興奮を味わうことが、私には一生ないんだ…。 そう思うと、悲しくてたまらなくなります。

牧村さんのアドバイスを読んだり、色々調べてみたことで、「恋愛であるかは性的欲求の有無で決まるわけじゃないこと」「ノンセクシャルは異常ではないこと」は理解できました。 ただ、頭では分かっていても、憧れていた恋愛ができないという事実を受け入れがたいのです。

できることなら、行為のときに彼女が気持ちよくなることを純粋に喜べるようになりたいです。 このもやもやとした感情、どう折り合いをつけたらいいのでしょうか?

(全文そのまま掲載しました)
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ハッピーエンドに殺されない

牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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mashiroshirosuk "「自分」と「世界」の境界線を溶かしてしまう熱が、感じたさが、知りたさが、愛、なんだと思う。" 牧村朝子「」より引用 https://t.co/VoS4krIexY 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

makimuuuuuu 「自分はLGBTQIANPなどなどのどれだろう?」って思って、自分を説明してくれそうな言葉を拾ってくることについて https://t.co/rk12Tlo2to https://t.co/UD4YDHwXBV 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

koropanda1 借り物の憧れとか、役割とか、捨てたいよね 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

sabochin これ回答になってる…かなあ…? 約1ヶ月前 replyretweetfavorite