こうした適応課題に挑んでいく対話に踏み出すためには、まずは、目の前で起きていることをすぐに解決しようとしてしまわず一度立ち止まって考える必要があります。
かつて経営危機を経験した際のスターバックスの変革の例を考えてみましょう。
中興の祖ハワード・シュルツが、上場以来、初の赤字転落という2008年の経営危機の際に行ったことは、顧客との関係を再構築する対話的な取り組みであったと言えます。しかし、ここに至るためには、一度立ち止まる対話の準備段階がありました。
1992年に上場をして以来、スターバックスコーヒーは15年間で約100倍という目覚ましいスピードで成長してきました。しかし、上場によって株主価値の最大化が求められる中で、スターバックスを利用することで得られる独特な「スターバックス・エクスペリエンス」の低下が起きていきました。
例えば、エスプレッソを効率的に淹れるために導入したマシンは、背が高く、客からキッチンのバリスタの顔を見ることができなくなりました。また、効率化のためにコーヒー豆をその場で挽くのではなく、挽いた豆を袋詰めにして店舗で開封する方式へと変更をした結果、コーヒーの香りが大きく失われました。
さらに売上向上を図るために導入したホットサンドイッチは、チーズの匂いを店舗に充満させることになり、これも、スターバックスならではの雰囲気を大きく損なうことにつながりました。
こうした数々の売上向上のための施策の展開を通じて、徐々に顧客が利益のための道具として捉えられるようになっていったのかもしれません。もちろん、こうなることを意識していたとは思えません。株式上場で現れた株主という新たなステークホルダーとよい関係を構築するために頑張っていたら、意図しないところで「私とそれ」の関係を顧客との間に築いてしまっていたということでしょう。
しかし、その代償はとても大きなものでした。マクドナルドが1ドルでエスプレッソを提供するキャンペーンで大攻勢をしかけてきたときに、顧客の離反が生じ、赤字へと転落していったのです。様々な売上向上策も功を奏しませんでした。
なぜならば、顧客にはもはや独特な経験を提供してくれる場所でなくなったスターバックスに、わざわざ(マクドナルドよりも高いお金を支払って)行く理由がなくなってしまっていたからです。
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