九螺ささら「きえもの」

縁側】九螺ささら著『きえもの』好評発売中!

「縁側」
四回目だ。
しかしそれに吹き出すべきか否か、判断ができない。
※※※この連載を書籍化した『きえもの』好評発売中です※※※

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 縁側は、ヒラメの出口、海の入口、ヒラメの入口、海の出口




「縁側」

 寿司屋のカウンターで、牧さんが三回目にそのネタの名を告げたとき、大将だけでなくわたしも、牧さんの顔を見つめた。トロなら分かる。けれど縁側を連続三回というのは、不自然だった。

「縁側って、本来ヒラメなんですよね? でもヒラメは物凄く高いから、今はほとんどカレイなんですってね?」

 牧さんのトリビア確認に、大将は間髪を入れず「うちは一度もカレイ使ったことないよ」と返した。


 牧さんが退職するため送別会が行われた。

 しかし主役の牧さんがその会の途中でわたしを連れて席を立ち、この寿司屋に入ったのだ。わたしは回転寿司屋しか入ったことがなかったから、「玉子」「納豆巻き」「かっぱ巻き」と告げる。最後の「かっぱ巻き」には大将と牧さんが吹き出した。牧さんは一身上の都合で退職願いを出し受理されたのだと部長が送別会で言っていた。


「縁側」

 四回目だ。

 しかしそれに吹き出すべきか否か、判断ができない。

 大将は真剣な顔つきをしている。

 同じ顔つきでお茶を啜る。

 牧さんはあたためられた日本酒を飲んでいる。


 別れ際、駅のコンコースで牧さんはわたしに紙袋を手渡す。

「どうもありがとう」

 牧さんは言って東海道線のホームへの階段を下りていく。

 中身を知りたくて、その場で紙袋を開く。

 7600円の写真集だ。タイトルは『遠近法』。どの写真も、縁側を写したものだった。

「これ、こういう日が来た時あなたに渡そうと思って、三年前から用意してたの」

 そんなことも牧さんは言った。

 わたしは居心地の悪さのようなものを感じていた。三年前はわたしが配属された頃だ。出会った時からこの写真集が用意されていた……。

 縁側がキーワードなのだろう。しかしそれしかわからない。

 写真を注意深く見ていく。縁側の板はどこも同じ幅のはずなのに、遠くは狭く、近くは幅広に見える。木琴みたいだ。

 一点透視図法というのか、板が木琴のように見える縁側の端から撮ると、障子の面も線となり、ある一点に向かっているように見える。

ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の「ある一点」がキリストの顔であるように、どうしようもなくその一点を見つめ続けるしかない構図だ。

 わたしは誘われるままに、写真集の一枚のある一点を見つめ続ける。

 ただの空中に見えていたその場所が、虫めがねで集められた太陽光が焦がす点のようにジリジリしてくる。

 しばらくして、ふっと牧さんがそこに立っている。

 わたしが集中力を更に深めると、ある瞬間に体が軽くなって向こうに移動した。


 わたしは、永遠の縁側でお茶を啜る。

 牧さんはあたためられた日本酒を飲んでいる。

 昼下がりの小春日和だ。




 沓脱ぎ石で外側を脱ぎ縁側で自分を身につけ障子を閉める



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九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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