野菜炒めは、料理人にとって気の毒なメニューだと思う。誰でもレシピなしに作れるし、見た目が地味であまり華がない。だいたいどの定食屋にもあって、いろいろ悩んで疲れたときに、まあいいか野菜炒めで、となりがちだ。どうしてもここの野菜炒めでなければ嫌だとか、今日は野菜炒めをもりもり食べるぞーといった強い動機づけがない。
“あの店の麻婆”とか、“ここのとんかつ”はあっても、あまり野菜炒めは聞かず、“まあいいか”と言われてしまう料理なのだ。ベンチ落ちなしのスタメンではあるが、ちょっとかわいそうな立ち位置である。
ピーマン肉炒め定食。日替わりの定食は100円安い
ところが、丸昭のピーマン肉炒め定食を食べて脱帽、野菜炒めに謝りたくなった。単純な塩味ではない。チキンベースの中華味ともいえない。なんなんだ? このあとをひく複雑な旨味は。
メニュー名はピーマン肉炒めだが、野菜は5種。ピーマン、白菜、ヤングコーン、にんじん、玉ねぎ。さらにマッシュルーム、きくらげ、豚肉が加わったものが大皿にたっぷり。
もっとも衝撃を受けたのは、歯ざわりだ。すべての食材の歯ごたえが違う。ヤングコーンひとつまでそれぞれの食材の理想の歯ごたえに整えられている。「なんかこの中にシャキッ、ゴロッとした大きめの粒、ありませんか?」。元料理編集者、現書籍編集者のモトさんがもぐもぐしながら言う。おお、よく見たら、これは玉ねぎでは? みじん切りよりもう少し大きめだ。こんな玉ねぎの切り方を野菜炒めで見たことがない。
八幡山駅から徒歩1分
店主の2代目舘野栄さん(46歳)は語る。
「おやじの代から歯ごたえだけはめちゃめちゃこだわっています。粒大の玉ねぎ? はい、歯ごたえを良くするためにそんな切り方にしています」
ピーマンは6~7ミリ幅、にんじんは糸のような千切りと、切り方が違う。シャッキリ感がしっかり残っている白菜のように、鍋に投入するタイミングも計算しているのだろう。
肝心な味付けの秘密は──?
「ベースは自家製ねぎ油と塩ですが、ほんの少し豆板醤を足しています。山椒油、ラー油も店で作っています。そのほうが断然おいしいから」(舘野さん)。
油から違うとは。私は唸る。野菜炒めって、こんなに奥深い料理だったのか!
ザーサイ(右)とメンマ(ラー油添え)各350円。どちらも自家製で、つまみでも大人気