生命式

とにかく、とりかかりましょう。腕の肉はどちらですか」

山本が不慮の事故で亡くなった。ショックを隠せない池谷は、山本の母からの電話をきっかけに、生命式の準備を手伝いたいと申し出る。池谷は急いで山本のマンションに向かったのだが…

『コンビニ人間』で芥川賞を受賞し、世界的な注目を集める村田沙耶香の最新短編集『生命式』より、表題作「生命式」を全文公開。脳を揺さぶるかつてない読書体験を約束します!

山本が死んだという連絡が入ったのは、その週末だった。
連絡が来たとき、私は部屋で洗濯をしていた。久しぶりの天気のいい休日だったので、枕カバーとクッションのカバーを洗濯機に放り込んだところで、電話がかかってきた。
金曜の夜、大学時代の友人と酒を飲んだ帰り道、車に轢かれたのだという。外傷はあまりなかったが、頭の打ちどころが悪かったのだ。
「それでね、今夜、山本さんの生命式なんですよ。池谷さん、行きますよね。仲、良かったですもんね……」
後輩の女の子が鼻をすする音がした。
どう返事をして、どう電話を切ったのか覚えていない。気が付くと携帯を握りしめたまま床に正座していた。山本に電話して「死んだって本当?」と尋ねたくてならなかった。
どれくらい呆然と座っていたのだろう。洗濯機から洗濯終了を教える電子音が聞こえて、私は反射的に立ち上がった。機械的に身体を動かして枕とクッションのカバーを黙々と干した。それどころではないとわかっていたが、どうしていいかわからなかったのだ。
両親は健在だし、祖父母は私が生まれる前に死んでしまっていたので、身近な人の死はこの年になって初めての経験だった。自分の手の動きも、濡れたクッションカバーの感触も遠かった。ベランダから部屋へ入ろうとして足がよろめき、網戸につかまった。
そのとき、再び携帯の着信音が鳴った。

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今や世界が大注目!芥川賞作家・村田沙耶香自身がセレクトした12篇。文学史上、最も危険な短編集!

生命式

村田沙耶香
河出書房新社
2019-10-16

この連載について

初回を読む
生命式

村田沙耶香

「夫も食べてもらえると喜ぶと思うんで」…葬式と違い、国の補助が出る生命式。生命式とは、死んだ人間を食べながら、男女が受精相手を探し、相手を見つけたら二人で式から退場してどこかで受精を行う式で……。 『コンビニ人間』で芥川賞を受賞し、...もっと読む

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