「おはようございます」
半月ぶりに出社した女性が、拍手で迎えられた。
センター出産で休暇を取っていた女性が復帰したのだ。彼女は36歳で、3回目の出産だった。
「センターで胎児を出してきたんでしょ?」
「うん、センターで出して、そのまま預けてきた。疲れたあー」
「ありがとう」
「お疲れさま、ありがとう」
胎児を出した人に、皆人類の一員としてお礼を言う。女性は嬉しそうに、感謝の花束を受け取った。
センターの子は、誰かの子ではなく人類の子として大切に育てられる。整えられた設備の中で、5人の子供に対して1人のカウンセラーがついてケアしていくという。
私は恋人と受精したことはあるが、妊娠に至ったことはないので、彼女のようにたくさん産んでいる人を見るとほっとする。私も人類の一員として、自分と同じ生物が存続することを望んでいるのかもしれなかった。
感謝の花束を受け取った女性が、席につきながら話した。
「私、普段もしょっちゅう恋人と受精してたけど、妊娠は3回とも生命式での受精なの。不思議よね。生命式って、妊娠する確率高いわよねえ」
「うわあ、神秘的」
後輩の女の子がうっとりと言う。
「でもなんか、わかる気がするう。人肉って、特別な感じがするよね。神聖な気がするし、美味しいし」
「わかるー。人肉を食べたいと思うのって、人間の本能だなあって思うー」
おまえら、ちょっと前まで違うことを本能だって言ってただろ、と言いたくなる。本能なんてこの世にはないんだ。倫理だってない。変容し続けている世界から与えられた、偽りの感覚なんだ。
「どうしたの? 真保先輩。怖い顔してるう」
私は「そんなことないよ」と低い声で言い、お茶を一気飲みした。
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