邪宗門(高橋和巳)中編

学生運動に傾倒した若者たちを熱狂させた、早世の作家高橋和巳の小説『邪宗門』(朝日文芸文庫)の書評中編です。戦前から戦後にかけて、ある架空の新興宗教団体の軌跡を描いた本作。そのモデルになったと思われる団体との比較や、当時の精神性を振り返ることで描かれた物語の意味をあぶりだします。

ふたりの主人公と架空の宗教団体を舞台にした群像劇

邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫)
邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫)

 『邪宗門』はよく練られた三部から構成されている。第一部は、明治30年代に大衆から自然発生した新興宗教「ひのもと救霊会」が、最終的な弾圧の段階を迎える昭和6年から昭和7年頃までを克明に描いている。

 物語は、餓死寸前の14歳の少年・千葉潔が信者であった母の遺骨を下げて教団本部のある山陰の神部という村を訪問することから始まる。救護された少年は教団と深い関わりのある家庭・堀江家で暮らすようになる。

 前年の昭和5年、「ひのもと救霊会」は国家からの弾圧を受け、神殿なども破壊され、教主も不敬罪と治安維持法違反で逮捕されたため、教団の人々は残された教主の妻・行徳八重を中心にひっそりと暮らしていた。堀江家はまた、開祖・行徳まさに使えた老婆・堀江駒が、教主・行徳仁二郎の娘で小児まひの残る小学生・行徳阿貴の面倒をみていた。駒の息子で教団の幹部だった堀江真輔は教主らとともに逮捕されたので、嫁の菊乃と小学生の娘・民江も駒と一緒にひっそりと暮らしていた。

 物語の主人公は千葉潔であると言ってよいが、同じく教主の娘で、妹の阿貴とは正反対の性格の姉・阿礼もまた主人公と見られる。他に教団に関わる群像が壮大な物語を支えていく。

 第一部では、一時釈放された教主が国家からの宗教弾圧に耐える様子や弁護にまつわる弁舌などで濃厚に思想的な叙述が続くなか、教団の最高顧問・加持基博の命を受けて潔が天皇直訴に及ぶ事件や、五・一五事件を絡めて緊張した展開が続く。最終的には国家側の陰謀と見られる口実からさらなる弾圧を受け、仕掛けられたと見られる火災で教団組織は壊滅した。信者の信仰は社会から隠れることになった。

戦前の新興宗教弾圧史と比較する「ひのもと救霊会」

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