先ほど「はじめに」の中で、組織で起きる問題には、技術やノウハウで一方的に解決できない問題があり、その一筋縄ではいかない問題のほとんどが「適応課題」であると書きました。
それに向き合って、解決する手法が「対話」です。この章では、対話が具体的にどんなものかを説明していきます。
みなさん対話と聞くと、「1on1」などのように、上司と部下が向き合って、じっくり話をすることを思い浮かべると思います。また、「あの輪になって話をさせられるアレのことでしょ」と対話集会やワークショップを思い浮かべて、訝しい顔をする方も多いと思います。
でも私がこの本でお伝えする「対話」は、コミュニケーションの手法ではありません。場合によっては、言葉を使わない場合もあります。
対話とは、一言で言うと「新しい関係性を構築すること」です。これは哲学者のマルティン・ブーバーやミハイル・バフチンらが用いた「対話主義」や「対話概念」と呼ばれるものに根ざしています。
もちろんそんな由来は気にしないでもらって大丈夫です。私たちは生きていれば、常日頃から「関係性」を新しくしながら、対話を続けている存在だからです。
兄弟経営者の対話「兄は経営者にふさわしいのか?」
対話について、話を掘り下げる前に、ある企業の経営陣のエピソードをお話しします。
この会社は同族企業で、現在の社長が一代で大きく成長を成し遂げ、現在、事業継承つまり、社長の代替わりが必要な段階にあります。しかしその中で、組織上の課題がいくつか出てきていました。そのうちのひとつは、現在の副社長である長男が、どのように社長になることができるか、という課題でした。
私は定期的にメンタリングを行っていましたが、次男と一対一で面談した中で、徐々に話が「兄は経営者にふさわしいのかどうか」という内容へと移っていきました。次男から見て、兄への厳しい評価がいくつか出てきました。彼からすれば、兄の働きは不満に感じるところが多く、このまま社長になることは受け入れ難かったのです。
私はそこで、次男の語りの中に含まれていない点として、長男として常に父親から足りないところを指摘され続ける「プレッシャー」や、会社を継ぐことを役割づけられていることで感じる「不自由さ」について共有をすることにしました。日々どのように感じていると私から見えるか、ということをお話ししたのです。
すると、「なるほど、そういうところは気がつかなかったです。彼なりに苦労は色々あったんですね」と仰っていました。そして、「もっと兄のよいところを会社の中で発揮してもらいたい」とも語りました。
そして、次のメンタリングのとき、今度は兄と弟の両者が直接話すように場を設定し、話をしてもらいました。その中で、次男はこう言いました。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。