「千夏さんは高校や大学受験はどうされたんですか?」
これもよく聞かれる。
いじめが原因で、普通校から支援校に転校する子もいる。高校受験をあきらめて支援校の高等部に行かざるを得ない子がいる。そんな中で結構目立つ障害を持つ私が、ずっと普通学校で来たのが不思議なのも想像できる。
「う・ら・ぐ・ち」
目を丸くする人。ふふふ、と笑いだす人。真剣な顔つきになる人。これにはさまざまな反応が返ってくる。
「なんちゃってね。そんな類の話もありましたが、お断りしましたよ。四十年前だからもう時効かな。合格ラインのはずだった私学の合否通知に、学校案内と不合格通知が入ってた。どうやら、障害児ゆえに、高額な寄付金を条件にしてきたみたいなの。親は払おうかって言ったんだけど、私が神のご加護も金次第の高校になんか行かないって、大泣きこいて、結局、駅近の公立高校に行った。当時、その公立高校は、荒れているなんて言われて、実際個性的な生徒が多くいた。でも、そのおかげで、私の障害児っていうキャラはまったく目立たなくなって、のびのび」
「いじめはなかった?」
「一人、私の答案用紙に『きれいな字で書け―』ってコメントした教師がいたくらいかな。「わかりやすい字で書け」ならまだ納得したんだけどね。生徒はドライな見せかけとは逆に、みんな優しくて、さりげなく誰かがいつも気にしてくれてた」
「入試や定期テストの時、文字が書きづらくて困ったんでは?」
「テストの時は、みんなと時間は同じ。ただ、それじゃあまりにハンディがあるっていうことで通常の3倍くらい大きな答案用紙を用意してくれた。でも、これだと少しの空欄箇所も目立つ。なんとしてでも埋めてやろうと、勉強したら大学の推薦がとれた」
「親はついついこの子になにをあたえられる? って考えがち。でも……なにが功を奏するかはわかりませんよね」
「子どもになにかあたえたいと思うのは親だからこそだよ。ただ、なにがええかなんて、ほんま誰にもわからん」
少し先輩面して話す私に、
「大事なことは、子どもの生きる力を信じることですよね!」
その通り! 加えて、親も子どもから、いろいろなものをあたえられたり、教えられたりしてる。私はこの年でこのことにようやく気づいた。
大学は推薦で、京都の花園大学社会福祉学科を受験した。言語障害が強い脳性まひの私には、とても不利な集団ディスカッション方式の入試だった。が、まさかの合格。
大学での講義後、試験官だった教授に「私を覚えてくれてますか」と聞いた。
「あっ、君かー。カウンセリング方法についての討論の時、まず相手の話を聞くのが一番と、最後に述べたね。みんなが伝えることに必死だった中で、君の一言が響いた。あの時の気持ちのまま、しっかり学んでください」
この出来事で、またまた私は水を得た魚になり、四年間いろいろなことにチャレンジした。重度障害児施設や養護施設での福祉実習、サークルでの療育キャンプ。さまざまなお子さんと関わらせてもらった。教育実習では子どもたちに見守られて、中学・高校・養護学校の教育免許をとった。
時が経ち、今、障害を持つとされる子どもの定義も変わった。注意力が足りなかったり、学習面で困難があったり、対人関係が苦手だったりする発達障害児も加わった。
このことがテレビで取り上げられたせいか、障害児の親の相談員をしている知人のもとには、発達障害を疑う親たちの相談が増えたという。
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