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芽を出してビックリマーク成長しうなだれてやがて疑問符になる
小学校を卒業するまで、父に連れられ土曜日は釣り堀に行った。
釣り針の先に粘土状の餌をちぎって丸めて付けるのだが、釣り堀の中にいると分かっている魚を釣るのが面白いのかと、父に尋ねたくて仕方なかった。
釣っても、また戻すのだ。
「なんで持って帰れないの?」と聞くと父は決まって「鯉と遊んだだけだから」と言った。
わたしは二十六歳で秋田県の蕨農家に嫁いだ。
婚家は持ち山全面で蕨を栽培していた。
芽と茎は天ぷらやお浸しなどとして、根は蕨餅の原料のデンプンとして売れるから、蕨は取るというより抜くのだが、抜いた蕨が並んでいるのを眺めると、いつも父と行った釣り堀の釣り針を思い出す。
父が脳梗塞で倒れたのは、わたしが秋田に来て二年目の一月だった。
脳梗塞は倒れてから発見されるまでの時間の長さで脳のダメージが変わる。
父は左半身に麻痺が残った。
側にいられなかったことが残念で、しばらく眠れなかった。
夜、一人で家を抜け出し、山に登ってみることにした。
体が疲れれば眠れるのだろうと、そう考えて。
麓に立つと、山の斜面の蕨が一斉に青く光って揺れている。
LEDのような、温度のない光。
山全体が青いクリスマスツリーだ。
シダ類やコケ類特有の、土発電している感じ。
その光に感応した夜空に潜む魚たちが、闇から泳ぎ出てきて蕨の芽のフックに口を引っかける。そして離す。
遊んでいるのだ。
わたしはその夜、久しぶりに深く眠れた。
束にした光る蕨で着火され白鳥座は天の川を渡る
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