なぜ知識や技術があふれているのに、問題が解決されないのか

忖度、対立、抑圧……。どうして職場で正論が通用しないのでしょうか? あらゆる現場で起きる「わかりあえなさ」から始まる諸問題は、ノウハウで一方的に解決できるものではありません。
立場や権限を問わず、ノウハウが通用しない問題を突破する、組織論とナラティヴ・アプローチの超実践的融合とは──
大反響につき、発売前重版決定! いま最も注目の経営学者・宇田川元一さんの待望のデビュー作『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)を特別公開します。

 私は経営戦略論や組織論を専門とする経営学の研究者です。「新たな事業を興していける組織はどのようなものか」をテーマに研究をしています。

 私がもともと経営や組織、そして本書のテーマである「対話(dialogue)」というものに関心を持つに至ったのは、父が零細企業の経営者をしていたことがひとつの大きな要因です。

 父はバブル期に銀行にそそのかされて株取引を行うことになり、その結果、とても大きな負債を負いました。私が大学院生のときにガンで他界したのですが、残された家族で父のバブルの「敗戦処理」を行うという大変苦しい経験をしました。多大な借金を返済し続ける最中、明日があるのだろうかと思うようなお金の修羅場を経験し、なんとかその問題を乗り越えて、今、こうして大学で研究者として生きています。

 科学的に「正しい答え」を出す研究はとても素晴らしく、感銘を受けるものもたくさんあります。その一方で、自分の過去に経験した生々しい現実に置き換えたときには、「そういうことじゃないんだ」というもどかしさをずっと感じてきました。そしてあるとき、なぜもどかしいのか、その帰結に突き当たりました。

 それは「知識として正しいことと、実践との間には大きな隔たりがある」ということです。そして、実践が難しい問題は、少し目を凝らせば無数に転がっていました。


 最近では、多くの講演の機会を得るようになりました。講演後の質疑応答でよく受ける質問がやはり、「あなたの言うような考え方は大切だと思うけれど、なかなか実践することが難しい。上司の理解がないから……(部下に危機感が足りないから、私の会社は古い体質だから、業界が閉鎖的だから等、バリエーションは様々)、どうやったらできますか?」というものです。

 この「どうやったらできるか」の意味には、2つの方向性があります。

 ひとつは「やってみたいけれど、その入り口はどこにあるか」という意味です。実際にその問題に対して自らの考えを修正しながら取り組みたい、何らかの実践をしたいという意思があると見ることができるでしょう。

 しかし、ほとんどの場合、もうひとつの意味で質問がなされています。それは「失敗しないでうまくやる方法、つまり正解を知りたい」というものです。その問題に対する問いの立て方は変えたくない、だけれど、それに相手をうまく巻き込んでつつがなく物事を進めたいのです。

 結論から言いましょう。そんな「都合のいい方法」はありません。

 いや、少し語弊があります。正確には、「都合のいい問題」は、あまり残っていません。大抵の場合、気の利いた誰かがとっくに解決しています。

 今は困ったことがあれば、スマートフォンで検索をすると、たくさんのノウハウに触れることができます。書店のビジネス書コーナーへ足を運べば、たくさんのビジネス書、実用書が積まれています。話す技術、聞く技術、伝える技術、交渉術、リーダーシップ論、組織論、チーム論……。

 私たちの眼前にはたくさんの「武器」があり、戦術や戦略があります。それらの武器でなぎ倒されたあとに残るのは、一筋縄で解決できない組織の壁や政治、文化、慣習などでがんじがらめになった「都合の悪い問題」ばかりです。


 ハーバード・ケネディ・スクールで25年間リーダーシップ論の教鞭をとり、「最も影響を受けた授業」に選ばれ続け、IBM、マイクロソフト、マッキンゼー、世界銀行などのアドバイザーも務めるロナルド・ハイフェッツ。彼は、既存の方法で解決できる問題のことを「技術的問題」(technical problem)、既存の方法で一方的に解決ができない複雑で困難な問題のことを「適応課題」(adaptive challenge)と定義しました。

 例えば、私たちはのどが渇いたとき、水を飲めばその問題は解決します。これは技術的問題だと言えます。確かに、こうした問題は知識の量が増えれば対処できるようになっていきます。職場で、各々が持っているデータ共有しなくてはならないというような場合であれば、これは単純にクラウド上にデータを保存するサービスがあることを知っていれば解決できます。

 一方で、適応課題とは、他の部署に協力を求めても協力をしてくれない場合のように、これといった解決策が見つからない問題です。先ほどのクラウドサービスの導入にあたって、会議で提案をしたところ、「それはこういうリスクがある」と反対を受ける、というようなケースです。

 そして、そのリスクは回避できるといくらロジカルに説明しても、何か別な理由をつけてまた反対される、というようなことがあった場合、それは「適応課題」だとわかります。なぜならば、表で語られている言葉の背後には、語られていない何か別なことがあると考えられるからです。

 例えば、「共有した情報を元に勝手に仕事を進められると、問題が起きたときに対処することが面倒くさい」とか「自分の持っているデータを共有されると、自分のアドバンテージが失われてしまう」など、相手に何らかの痛みが予想されたりする場合です。

 これは、単に「こうするほうが合理的だ」と主張しても解決しません。変化がもたらす恐れを相手が乗り越えることを可能にしていかなければ、物事が先に進まないからです。

 これだけ知識や技術があふれている世の中ですから、技術的問題は、多少のリソースがあれば、なんとかできることがほとんどです。つまり、私たちの社会が抱えたままこじらせている問題の多くは、「適応課題」であるということです。

 見えない問題、向き合うのが難しい問題、技術で一方的に解決ができない問題である「適応課題」をいかに解くか──それが、本書でお伝えする「対話」です。

「対話」と言うと、「あの輪になって話をさせられるアレのことでしょ」と訝しい顔をする方も多いと思います。しかし、対話は向き合ってじっくり話をすることではありません。

 対話とは、一言で言うと「新しい関係性を構築すること」です。新しい関係性を構築するというのは、いきなりわかり合おうとすることではありません。

 先のクラウドのサービス導入提案の例を考えてみるならば、提案を拒否されて腹を立てていたときは、「相手に自分の提案を受け入れさせよう」という関係性でした。しかし、相手にも相手なりに一理あって、その相手の状況の中で提案が意味のあるものにする必要があると考えられたときに、関係性の変化が始まっているのです。

 このように、新しい関係性を築いていくことは少し手間のかかることです。

 この本には、副題に「組織論」という言葉がついています。組織論というと、一般には組織形態やマネジメント手法、あるいは組織メンバーのモチベーションなどをテーマとするものと考えられていると思います。一方、この本では、組織の中での関係性を作ったり、変えたりしていくための「対話の実践」をテーマにしています。なぜこれが組織論なのでしょうか。

 それは、組織とはそもそも「関係性」だからです。私たちは組織がモノとして存在しているように考えています。しかし、あなたが勤めている会社を考えてみて下さい。そこには、人がいて建物はあっても組織はモノとしては存在せず、実は誰もそれ自体を見たことがありません。でも、私たちはその組織のために毎日出勤したり、会議をしたりします。

 つまり、組織の実質とは、実は私たちを動かしている関係性そのものなのです。ですから、関係性を作ったり、変えたりする実践をテーマにしているこの本は、組織の実質を作ったり、変えたりすることに関する「組織論」の本なのです。


 組織に問題があることはみなわかっている。けれど、どう向き合えばよいのかよくわからない。そうこうするうちに時間だけが過ぎていく……。そのような経験をなさった方も少なくないでしょう。そして、その問題からそっと目を逸らし、「すごい技術」や「すごい誰か」がこの問題を片付けるだろうと見て見ぬふりをしているようにも見えます。

 しかし、「すごい技術」や「すごい誰か」は、なかなかやってきません。いくら知識を学んだとしても、私たちが見えていない問題や見ることを避けている問題に向き合っていかない限り、何も変わらないのです。

 どうやったら私たちはよりよい組織、社会を作ることができるのか。もう一歩踏み込んで考えることができるはずです。

 劇作家の平田オリザさんは、著書『わかりあえないことから』で、対話が日本で起きにくいのは、お互いに同じ前提に立っていると思っているからだ、と喝破しました。そして、お互いにわかり合えていないことを認めることこそが対話にとって不可欠であると述べています。これは大変鋭い指摘です。

 ビジネスの現場は、雇用が流動化しているとはいえ、ともに取り替えの利かない「他者」と一緒に、物事を成し遂げなければいけません。

 つまり互いにわかり合えていないということを受け入れた上で、「知識の実践」を行うしかないのです。

 世界中にイノベーティブな企業が次々と現れ、目まぐるしく変化を遂げるビジネスの世界で、このような組織の関係性の中で起こる面倒な問題にいちいち関わっている余裕などない、と思う方もいるかもしれません。

 けれど年功序列の旧態依然とした職場でも、スタートアップのフラット組織でも、それは起こります。社内でも社外でも、組織の階層や職種を問わず、誰もが適応課題に直面します。1 on 1を重ねても、コーチングを学んでも、プレゼンテーションスキルを磨いてみても、組織改革をしてみても、「わからず屋」たちとの「わかりあえなさ」に直面するはずです。その背後には適応課題が隠れています。

 そして、その関係性の中で生じる数々の適応課題は、少し視点を変えて、取り組み方を工夫すれば、誰でもそれぞれの立場から適応課題に挑むことが可能です。権限がなければ解けない問題ではありません。

 その現実的な鍵こそが対話なのです。そのことを伝えたくてこの本を書きました。

 適応課題に挑むことは、社会や会社のため、他者のためではありません。むしろ、仕事の中で閉塞感を感じていたり、なんだかモヤモヤするなあと感じている人ほど、自身と自身の環境に重要な変化をもたらすことでしょう。より自由に仕事ができるようになるはずです。

 そして一度、対話の可能性に気づけば、硬直しかけた組織、基軸の見えない組織の中にこそたくさんのリソースが埋もれていることに気づくことはずです。

 現実に立脚して、理想とのギャップに挑むには他者とともによりよく働くことが不可欠です。それを阻むもの、可能にするものは何なのかということを、この本を通じてお伝えしたいと思います。

ノウハウが通用しない問題を突破する、組織論とナラティヴ・アプローチの超実践的融合。

この連載について

わかりあえなさ」から始める組織論

宇田川元一

忖度、対立、抑圧……。どうして職場で正論が通用しないのか? 現場で起きる「わかりあえなさ」から始まる諸問題は、ノウハウで一方的に解決できるものではありません。その「適応課題」と呼ばれる複雑で厄介な組織の問題をいかに解くか。 論破す...もっと読む

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コメント

mfn_w これ、 5日前 replyretweetfavorite

sayoponpon922 素晴らしい記事・本。またオリザさんの「わかりあえないことから」も合わせてよみたいなあ。 6日前 replyretweetfavorite

megamurara 自分自身が老舗のわからず屋さんになっていないかと考えてしまいました。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

speckled_monkey https://t.co/1F4hqVHpw6 約1ヶ月前 replyretweetfavorite