軽率純度100%の別れ方
【登場人物】
清田隆之
桃山商事・代表
1980年生まれの文筆業
森田雄飛
桃山商事・専務
同じく1980年生まれの会社員
ワッコ
桃山商事・係長
1987年生まれの会社員
清田 桃山商事の恋バナ連載、今回も引き続き「恋愛と軽率」について語っていきます。
ワッコ 前回は軽率な告白が話題になりましたよね。
森田 今回は、告白とは正反対の場面である別れにまつわる軽率について取り上げてみたいなと。
ワッコ 別れの場面って基本的に重いものだから、軽率になることってあまりない気もしますが……。
清田 実は私、大学時代にお付き合いしていた恋人との別れ際に軽率なことをしてしまったことがありまして……。
ワッコ 何したんですか!?
清田 そのときは夏休みで、地方出身のその人が帰省するというタイミングだった。羽田空港から飛行機に乗るというから、浜松町駅まで送って、出発の時間まで東京タワーの近くを一緒にぶらぶらしたんだけど……実はその時点で俺はすでに、別に好きな人ができてしまっていて、別れを決意していたのよ。それで、さよならの手紙をしたためて会いに行った。
森田 会うなら直接言えばいいんじゃないかなと思うんだけど、あえて手紙にしたんだね。
清田 自分から別れを切り出すのは人生で初めてのことだったから、直接言える気がしなかったんです……。
ワッコ 一緒にいる最中に、渡すタイミングをずっとうかがってたってことですか?
清田 そうそう。でも結局、普通に楽しくおしゃべりをして、駅で「じゃーね」なんて言って見送ってしまったのよ。
ワッコ じゃあ、手紙も渡せなかったってこと?
清田 いや、それが……彼女がトイレに行ったすきに、手紙をカバンにスッと入れていたのよ。
ワッコ えええ!?
森田 時限爆弾を忍び込ませたってこと?
清田 はい……。それで数時間後、「手紙読みました」というタイトルの長いメールがきました。「信じられない。あの状況で、なんで別れの手紙がカバンに入っているのかとびっくりした」と。
森田 彼女からしたらそうだよね。
ワッコ 超キツイ……。
森田 カバンの中に手紙を見つけたときに、彼女はスイートなことが書かれてると思ったんじゃないかなあ。
ワッコ ちょっとしたサプライズ的なものを予想しちゃいそうですよね。
森田 見送りに行った清田が神妙な面持ちをしていたら、別れを予想したかもしれないけど……。「じゃーね」って軽い感じで見送られたわけだからねえ。
清田 楽しく見送っちゃったんだよね。
ワッコ ひどい……。
清田 さらに彼女のメールには、「しかもあなたさっき、私がプレゼントしたTシャツ着てたよね?」と書かれていて。そう言われると、確かに俺は彼女からもらったジャーナルスタンダードのTシャツを着ていた。
ワッコ 軽率!!
清田 当時そのTシャツはヘビロテで着ていたから、彼女からもらったことをあまり意識しなくなっていたんだよね。
森田 その感じはわかるけど、軽率が過ぎるでしょ。
清田 しかも、俺の軽率はこれで終わりじゃないんですよ。
ワッコ まだあるんですか。
清田 その手紙の中身がね……好きな人ができたのでお別れをしたいと正直に書いたんですが……経緯を書いているうちに筆が乗ってきてしまいまして。
森田 文豪かよ。
清田 本当に最悪なんだけど、「別れたい」というメッセージよりも多い分量で、新たに好きになった人について詳細に書いてしまったのよ。こんなに素敵で面白くて、こういうことを考えている人で、だから自分は好きになってしまったんだということを事細かに書いてしまっていた。
ワッコ え——!!!
森田 本来であれば「別れ」を誠実に告げることがその手紙の目的なのに、それが自分の気持ちを書くことにすり替わってしまったのか……。
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