ジェームズ・キャメロン監督の映画『タイタニック』(’97)について考えるとき、僕が連想するのは、若かりしジョニー・デップが腕に入れた刺青であり、イギリスのロックバンド、マニック・ストリート・プリチャーズであり、また、増村保造監督の『濡れた二人』(’68)に登場する、若尾文子と北大路欣也が演じたふたりの人物の関係である。
1 かつてウィノナ・ライダーと交際していたジョニー・デップは、彼女への想いがつのるあまり、感極まって “Winona Forever”(ウィノナ、永遠に)と腕に刺青を入れた。映画ファンにはよく知られた逸話である。交際のきっかけは、ティム・バートン監督の『シザーハンズ』(’90)における共演で、当時、ジョニー・デップはまだ20代だった。永遠に続くとおもわれた彼らの恋は4年で終わってしまったが、それでも僕はこのエピソードが好きだ。きっと、そうせずにはいられなかったのだろうとおもう。「恋人の名前を腕に彫ったりして、もし別れたらどうするつもりなのか」という忠告はたしかに理性的だが、当時のジョニー・デップには届かなかったはずだ。また、これを「若気の至り」というありきたりな形容詞で片づけてしまうのも、ことの本質を矮小化している気がする。彼は、恋人を永遠に愛し続けられると感じた、その輝かしい瞬間を残しておくために“Winona Forever”と腕に刻んだのだ。
2 イギリスのロックバンド、マニック・ストリート・プリーチャーズは、「史上最高のデビューアルバムを作って、世界でナンバーワンの売り上げを記録した後、その場で即、バンドを解散させる」と宣言した。デビューアルバムを前に発表したシングルが話題になり、彼らの人気がしだいに高まっていた、91年のことである。インタビューの際、音楽ジャーナリストから「解散予告などの大げさな発言は、宣伝目的ではないか」と揶揄的に質問されたバンドのあるメンバーは、その場にあったカミソリの刃を手にすると、腕に “4 REAL” (本気だ)と刻み込んだ。血だらけの腕に “4 REAL” の文字が浮かび上がる写真は話題となり、音楽雑誌にも大きく掲載されている。追って92年に発売されたデビューアルバムも好調な売り上げを記録したが、結果的に、彼らはバンドを解散させることができなかった。きっと、表現したいことがまだ残っていたのだろう。マニック・ストリート・プリーチャーズは現在も活動中である。
3 増村保造監督の『濡れた二人』は、だらしなく続く安定した日常よりも、いまこの瞬間の高揚に従う生き方を選ぶ者たちの姿を描いた作品である。人妻の若尾文子は、若き漁師である北大路欣也と刹那的な恋に落ちるが、若尾の情事を知った夫から「
ジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック』は、まさに「一生よりも大事な
僕にとって重要なのは、『タイタニック』に投じられた多額の制作費や、当時の新しい撮影技術が導入された映像よりも、「いまここにあなたがいてくれさえすれば、後はどうなってもかまわない」という破れかぶれの情熱が、当時の全世界歴代映画興行収入で第一位となるほどに支持されたという事実だ(この興行収入記録は、2009年に『アバター』でキャメロン自身が更新するまで続いた)。世間の大多数は、愛に安定と持続を求めているのではないかとおもっていたが、本作で描かれているのは、それとまったく逆の、美しいが未熟な関係性である。それは破滅的な愛であり、一瞬の高揚と引き換えに死を選ぶことすら厭わない刹那の関係だ。それは、ジョニー・デップやマニック・ストリート・プリチャーズ、『濡れた二人』によく似た愛のかたちである。失われることがあらかじめ決まっている、非現実的で幻のような関係だ。
この映画は、恋愛の美しさを描くと同時に、恋愛とは決して持続しえない感情であることを認めてはいないだろうか。ラストで海中に沈んでいった男性ジャック(レオナルド・ディカプリオ)は、ヒロインであるローズ(ケイト・ウィンスレット)の記憶のなかで、老いることも、醜くなることも、相手を裏切ることもない。ふたりの情熱はガラスケースに入れられ、決して変わらない状態で保存された。ふたりの関係に現実が浸食する前に、彼らはその記憶を冷凍保存し、まるで時間が完全に止まったような海底深くへ沈めることに成功したのだ。ふたりの関係がもっとも美しい瞬間のまますべてを完結させることで、『タイタニック』は終わる。その先にはもはや退屈しか残っていないのだ、と言わんばかりに。
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