葉隠武士の飲みっぷりを見せてもらおう」|意気軒高(一) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

 大隈ほどの喧嘩の手練れになると、まず相手の大きさから、どういう戦い方をするか決める。だが考えてみると、金を払わずに逃げれば、誘ってくれた女に迷惑が掛かる。

「わしは鍋島侍従家臣の大隈八太郎だ」

「ああ、佐賀藩か」と言った後、その男は大声で名乗った。

「山内侍従家臣の岩崎弥太郎!」

「ああ、土佐藩か」

「悪いか」

「別に悪くはない。で、どうする」

 自分でも間抜けな問い掛けとは思いつつ、ついそんな言葉が口をついて出てしまった。

「どうする、はよかったな」

 岩崎は大笑いすると言った。

「殴り合いはいつでもできる。まずはここに座って飲め」

 意外な展開になったが、大隈は岩崎に勧められるまま、その場に座した。

「あんたは土佐藩士か」

「まあ、厳密に言えば、そうではない」

「でも山内家中なんだろう。ああ『一領具足』か」

「一領具足」とは土佐藩独自の呼び名で、別名「郷士」といい、慶長六年(一六〇一)に山内一豊が土佐に入部する前から土佐に土着していた長曾我部侍のことを言う。「郷士」は山内氏の家臣である「上士」の下位に位置付けられ、平時は農事を専らとし、有事に甲冑を抱えて参陣するところから「一領具足」と呼ばれた。

「わが岩崎家は地下浪人と呼ばれる家格になる」

「地下浪人とは聞いたことがないな」

「土佐藩では、郷士株を売ってしまった家はそう呼ばれる。祖父が放蕩者で、身上をつぶしちまったんだ」

 なぜか岩崎が胸を張ったので、大隈は噴き出した。

「で、その地下浪人のお方が、なぜかように高い店に登楼できる」

「いいではないか。まあ、飲め」

 岩崎が差し出した朱色の大盃を大隈が受けると、岩崎はそこになみなみと清酒を注いだ。

「葉隠武士の飲みっぷりを見せてもらおう」

 大隈は平然と大盃を飲み干した。

「さすが葉隠武士だ。では、土佐のいごっそうの飲みっぷりもご披露いたそう」

 大隈が求めずとも、岩崎は自ら大盃に清酒を注ぎ、飲み干してしまった。

「お見事。で、さっきの問いだが—」

「ああ、そのことか。教えてやろう」

 岩崎は土佐藩の特産品の和紙、塩、綿、砂糖、生糸、蝋などを長崎で販売したいが、何が向いているか、どれほどの価値があるかなどを調査に来ているという。

「ということは、その入前(経費)で飲んでいるのか」

「人聞きの悪いことを言うな。これも仕事だ」

「まあ、他藩のことには口を挟まぬ。それで、そうした交易はもうかるのか」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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maito0405 岩崎弥太郎登場。ああ、面倒くさい奴がまたひとり(笑) 10ヶ月前 replyretweetfavorite