「われらが造船所の門をくぐると、砲兵と軍楽隊が整列しており、祝砲と奏楽で迎えられた」
小出が遠くを見るような目をして言う。
造船所の敷地は広大で、中にはレンガ造りの大きな建物が十棟ほど立ち並んでおり、そのうち五カ所で蒸気機関の製造をしていた。また大小いくつもの船渠があり、そのうちのいくつかでは、新たな船が造られていたという。
「とにかく造船所では、船に関するものはすべてと言っていいくらい造っており、小さなものでは雷管や船釘の工場まであった。とくに驚かされたのは船舶用の鉄板だ。それは一辺が五間から七間くらいのものまであり、よくぞこれだけ重いものが海に浮くと心底感心した」
佐賀藩随一の英才がそう言うのだから、とても信じ難いことだったのだろう。
——米国を敵にはできん。
小出の話を聞けば聞くほど、彼我の実力差に愕然としてくる。
——そうしたことに耳をふさぎ、闇雲に相手を拒否するのが小攘夷の徒なのだ。われらは米国の優れた技術を取り入れ、いかに早く対等の関係になれるかに力を注ぎ、そして大攘夷を行うべきだ。
話を聞きながら、大隈は己の考えが凝固していくのを感じていた。
「とくに驚くべきは、溶鉱炉と反射炉だ」
小出も次第に興奮してきた。
溶鉱炉とは鉄鉱石から鉄を取り出す施設で、耐火煉瓦で造られた円錐形の高炉のこと。反射炉とは、金属などを溶かして大砲などを鋳造する溶解設備になる。
「わが藩も反射炉を持っているが、米国の反射炉は規模が違う。しかも鉄が鋳型に流し込まれるだけで、瞬く間に大砲ができる。これに空洞を開ける設備も最新のもので、まさにたちまち大砲ができるようになっている。残念ながら、われらの設備とは比べ物にならない。続いて驚かされたのは船渠だ」
小出が米国の巨大な船渠について語る。しかも鉄製大砲を二十門以上備えた三千トン級の鉄製大型蒸気船の場合、着工から進水まで一年もあれば進水できるというのだ。
「案内してくれた造船所長によると、様々な試行錯誤を重ねているので、どんどん工期は短くなっているという。忘れてはいけないのは、試行錯誤や失敗の経験は無駄にはならず、進歩のための血肉となっていくことだ」
それこそは、佐賀藩が自前の反射炉で鉄製大砲を完成させるまでの過程で学んだことだった。
——失敗は糧になるのだ。だから失敗を恐れてはいけない。
それが工業立国の基本だった。
「これらの施設を見学し終わった時、造船や金属加工技術に明るい者たちは頭を抱えていた。だが一人だけ——」
小出が初めて笑みを浮かべる。
「『よし、やろう!』と言った御仁がいる。小栗殿だ」
「何をやるんですか」と誰かが問う。
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