「まずは清との交易だ。その中継基地として日本を利用したいのだろう。そして次に鯨取り船が薪水を供給してもらうためだ」
次第に大きくなるどよめきを制するように、小出の声がひときわ高まる。
「ただし、それ以上に米国が目指しているのは、清やわが国を属国とし、思うがままに搾取することだ」
それを聞いた若者の何人かが立ち上がり、何事かを喚いている。ほとんど聞き取れないが、「攘夷だ!」という言葉だけは聞き取れた。
両手を広げて喧騒を制しつつ、小出が続ける。
「だからといって、私は攘夷を是とするわけではない。現状では米国にとても敵わぬ。それゆえ、われらが西洋諸国と対等に話し合えるまで隠忍自重し、力を蓄えねばならない」
「なぜだ!」「打ち払え!」といった怒声が飛ぶ。
「よいか。鉄製の大砲、造船、機械、金属加工技術などあらゆる分野で、わが国は西洋諸国の後塵を拝している。それらすべての分野で追いつかない限り、対等の交渉などしてくれない」
小出は各分野で、いかに日本が立ち遅れているかを語った。それは皆も分かっていることだが、実際に現地を検分してきた小出の口から、あらためて現実を突きつけられ、意気消沈する者が多かった。
——小出さんに「たいしたことはない」「数年で追いつく」とでも言ってほしかったんだろう。だが現実は全く逆だったというわけだ。
大隈も内心で自嘲するしかない。
——だが使節団は、攘夷を主張する連中に冷水を浴びせる効果がある。
小出ら米国を検分してきた使節団は百七十人余になる。その人々が日本各地に散り、小出と同じ話をすれば、攘夷を主張する者は激減すると思われた。
「ただ一つ言えることは——」
小出が最後に声を大にする。
「これからは蘭語よりも英語が大切だ。今や英国と米国は世界における二大国であり、その世界における影響力は、阿蘭陀の比ではない。あの広大な印度が英国の支配下に入ったほどだ。幸いにして英米二国は共にアングロサクソン民族で、同じ言葉を話す。それがエングリッシュ、すなわち英語だ。このまま英米両国が勢力を伸ばせば、世界の言語はすべて英語になるかもしれん。口惜しいことだが、われらの孫の代には日本語を話す者がいなくなり、英語が公用語になっているやもしれんのだ」
小出の言葉は皆に衝撃を与えた。これまでなら血気盛んな若侍が立ち上がり、拳を振り上げて抗議したものだが、その類の連中も蒼白になって黙っている。それだけ小出の話は恐るべきものだった。
だが大隈は英米の脅威よりも、別のことを考えていた。
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