教師というのは面白い仕事ですね」|気宇壮大(十一) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

「さて、もう皆も気づいていると思うが、蘭学寮は弘道館の組織に入ったが、これはあくまで藩学の管掌(管理・運営)を一貫させるためだ。具体的には蘭学寮が主であり、これまでの弘道館の教育が従となる。つまり、これまで別個の組織として独立していた二つの藩学を融合させ、弘道館教育を短期間で済ませ、優秀な者をできるだけ早く蘭学寮へと進ませようと思っている。そうなると指南役、いわゆる教師が足りなくなる。そこで成績優秀な者を教師としたい。役料(役職手当)も付ける。これから名を呼ぶ者は前に来てくれ」 何人かの名が呼ばれた。その中には大隈の名もあった。職種は語学教師だった。

 もちろん名誉な仕事なので断る者などいない。

「此度の藩学改革は殿肝煎りの大事なものだ。皆も覚悟を決めてほしい」

 最後に安房が訓辞して、この日は散会となった。

 早速、久米がおだてる。

「八太郎さん、凄いじゃないですか」

「まあな」と返しつつも、大隈はまんざらでもなかった。

 —わしが教師か。

 人にものを教える経験など、大隈にはなかった。だが教育こそ国家の大本だということは分かっていた。教育制度がしっかりしている佐賀藩に生まれたことを、大隈は心から感謝していたからだ。

「丈一郎よ、これまでわしは、人に何か教えたことなどない。何を教えればよい」

「えっ、蘭語じゃないんですか」

「いや、そうではなく—」

 年少の久米にそれを聞いたところで、どうなるものでもないと思い返した大隈は、少し前を歩く大庭雪斎に語り掛けた。

「大庭先生—」

「あっ、大隈先生」

「やめて下さいよ」

 さすがに大隈も照れ臭い。

「ははは、悪かったな。でもおめでとう」

 大庭が大隈の肩を痛いほど叩く。

「ありがとうございます。それで—」

「役料の話か。最初なので、さほどもらえぬとは思うが—」

「いや、それはそれでいただきますが、教師とは何かをお伺いしたいのです」

「教師とは何かか—。わしと禅問答がしたいのか」

「まあ、そういうことです」

 大庭が分厚い唇をなめると言った。

「酒を買ってわが家に来れば教えてやる、と言いたいところだが、それでは、さすがにばつが悪い」

「はあ」

「人様に何かを教えるということは、人様を導くということだ。朱子学だろうと語学だろうとそれは同じだ。それゆえ語学を教えようなどとは思うな」

「では、何を教えるのです」

「だから人に道を説くのだ」

 大隈が首をひねる。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と...もっと読む

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kumabouroMM https://t.co/oUdpH3z9Hp 12ヶ月前 replyretweetfavorite