「ははは、早速核心を突いてきたな。では、逆に聞く」
江藤が机を叩くと、埃が飛び散った。
「夷狄(欧米諸国)どもが日本にやってくる理由は何だ」
「日本に通商を求め、また鯨船(捕鯨船)のために薪水を供与してもらおうという狙いからではありませんか」
大隈は即答した、ここで気の利いた答を言うより、江藤に否定させ、気分よくしゃべらせた方がいいと思ったからだ。
「違う!」
江藤が唾を飛ばす。それが大隈の手元まで飛んできたので、大隈は慌てて手を引っ込めた。
「彼奴らが日本近海に出没しているのは、われらの状況を探るためだ。内の深浅を測ることで、大型船がどこまで近づけるかを探り、諸港の砲台を観察することで、どこから上陸すれば最も損害が少ないかを考えているのだ」
——少し意識過剰ではないか。
大隈はそう思ったが、江藤の話の腰を折ることはしない。
「そうだったんですか。気づかなかったな」
「今、気づいたんならそれでよい」
江藤は腕を組み、悲憤慷慨するように語った。
「日本は島国なので、すべての港を守ることなどできない」
「もちろんです。日本は海に囲まれているだけではなく、藩ごとに海防意識がまるで違います。意識の低い藩の港から上陸すれば、海防に力を注いでいた藩の砲台など、意味を持ちません」
「その通りだ。彼奴らの力をもってすれば、わが国など赤子同然だ」
江藤が口惜しげに唇を噛む。
「では、なぜ夷狄たちは、さっさと上陸してこないんですか」
「なんだ、そんなことも知らんのか。彼奴らは彼奴らで牽制し合っており、互いに喧嘩せずに獲物を分かち合おうとしているのだ」
「ははあ、なるほど。では、江藤さんが将軍様なら、いかがいたしますか」
「将軍様か。そいつはいいな」
いつの間にか江藤は上機嫌になっていた。
「わしの考えを教えてやろう」
「ぜひ」と答えて大隈が身を乗り出す。
「まずは彼奴らを騙す」
「騙すって、夷狄をですか」
大隈は啞然とした。
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