分限をわきまえておるのよ」|気宇壮大(七) 1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

「ご無礼仕ります」

 開け放たれた表口で怒鳴ると、「誰だ!」という声が返ってきた。

「大隈八太郎です」

 さすがの大隈も声が震える。

「何、大隈だと—。入れ」

 江藤は佐賀藩の長屋に一人で住んでいる。そこは手明鑓と呼ばれる下士層の長屋なので、足軽長屋と広さはほとんど変わらない。

 江藤の属する手明鑓という階層は、手明という言葉からも分かるように、平時に決まった役はなく、有事に槍一本に具足一領で出陣せねばならない徒士階級だった。その俸禄は一律切米十五石なので、足軽と紙一重の扱いである。

 大隈が框に腰掛けようとすると、短い廊下の左右に、雪のような白い埃が積もっているのが見えた。真ん中だけ足跡が付いているのは、そこだけしか使っていないからだろう。

 草鞋を脱いだ大隈が、廊下の真ん中を恐る恐る通って奥の間に至ると、その男は蓬髪をかきむしりながら何かを書いていた。

「そなたが来るとは珍しいな」

「は、はい。江藤さんのお話しをぜひ伺いたく、罷り越したる次第」

「そう固くなるな」

 これまで近づきがたい雰囲気を漂わせていた江藤だが、こうして二人になると存外、話が分かるような気がしてきた。

「はい。では—」と言って大隈が正座から胡坐に座り直すと、背後を振り向かず江藤が言った。

「そこまで礼を失するな」

「申し訳ありません」と答え、大隈が正座に戻す。

 江藤は儀礼を重んじることでは、人後に落ちないところがあった。

「そなたは、わしを避けていただろう。それが此度は、どういう風の吹き回しだ」

「避けていたわけではありません。江藤さんはお忙しく、われら後進を相手にする暇などないと思っていました」

 江藤は自分の関心のあること以外は眼中にない雰囲気を漂わせており、四歳も年下の大隈についても、全く関心を示したことなどなかった。

 —人とは本来そういうものだ。

 だが江藤はとくにその傾向が顕著で、年下の者を歯牙にも掛けないところがあった。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切...もっと読む

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kumabouroMM https://t.co/mtv7VhDC97 えとうせんせ登場 約1ヶ月前 replyretweetfavorite