わしは虎穴に入ることを好まん」|気宇壮大(六) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

 大隈が威儀を正して言う。

「できましたら『ナチュール・キュンデ』をお貸しいただけないでしょうか」

「それは、蘭学寮の光八丈(大庭雪斎)が持っているだろう」

「いや、今は訳出中とのことで—」

「ああ、そうだったな。だがこちらにある本も、人に貸し出している」

「えっ、誰にですか」

「江藤新平だ」

「あっ」と言って大隈が啞然とする。

「そうか。江藤はそなたらと同じ義祭同盟だな」

 二人がうなずく。

「確か江藤は、そなたより四つほど年上ではないか。だったら江藤を手伝い、いろいろ教えてもらえ。今、江藤は何やらいう時事意見書を書いており、その参考に『ナチュール・キュンデ』を使いたいと言うんで貸し出した」

 あっけらかんと佐野が言う。

「それが—」

 空閑が助け船を出す。

「八太郎は、江藤さんが苦手なんです」

「苦手だと。なぜだ」

 大隈が言いにくそうに言う。

「江藤さんは謹厳実直で、曲がったことが大嫌いなので、それがしとは合わないのです」

「そなたは、曲がったことが好きなのか」

「いや、そういうわけではありませんが—」

「だったら頼んでみろ」

「は、はい」

 大隈は気が重くなったが、すぐに立ち直った。

「それでは、蒸気機関の話をお聞かせいただけないでしょうか」

「何だと」と言って佐野が噴き出す。

「世間話とは違うんだ。そんな簡単なものではない」

「分かっています。しかし知りたいんです」

「おいおい」と言いながら佐野がため息を漏らす。

「話をするにしても蘭語になる。あちらの窮理の用語に当てはまる日本語がないからな。つまり会話だけで、あんな複雑なものを理解できるはずがない」

「いや、分かります」

 大隈は耳学問に自信がある。

「なぜ、そんなことが言える」

「それがしには志があるからです」

「志だと—」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切...もっと読む

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コメント

kumabouroMM https://t.co/mMbEfgbBft 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

maito0405 大隈の偏った人間関係が露になった回(笑)好き嫌いはほどほどに・・・ 約1ヶ月前 replyretweetfavorite