酒と劣等感【パリッコ】

だれでも何かしらの劣等感を抱えている…と思う。はたから見れば、成功しているように見える人にだって人知れぬ悩みがあったりする。そういうものからいつか解き放たれるときは来るのか。パリッコさんによる酒と劣等感についてのお話。
なんだか気ぜわしい僕たちの毎日には、楽しくて、ちょっとホッとできる「お酒」が必要だ! 本連載はそんなお酒をこよなく愛するあまり、「酒の穴」というユニットを結成してしまったパリッコさんとスズキナオさんが、酒にまつわるアレコレをゆるーく、ぬるーく書いていくリレーエッセイです。過去の連載へはこちらから。

隣のクラスのイラストコンクール

絵を描くことが得意な少年だった。授業中、ノートに落書きばかりしていた。子供の頃って、「あいつは足が早い」「あいつはおもしろい」「あいつは頭がいい」と、それぞれにキャラクターがあった気がするけど、自分はたぶん「絵がうまい」担当だったと思う。しかし、上には必ず上がいる。

通っていた小学校は1学年に2クラスあって、6年のとき、僕は1組だった。もちろん2組にも友達がいるから、休み時間に遊びに行くこともある。ある日、2組の教室の掲示板で、自発的に「イラストコンクール」が開催されていることを知った。絵を描くことが好きな生徒が、自分の描いた自信作を好きに貼っておく。毎月何枚かのイラストが集まり、月の最後に人気投票を行い、大賞が決定する。それだけのことだけど、楽しそうですごくうらやましかった。そこで、その企画をまとめてるやつに「1組だけどおれも参加していい?」と聞いてOKをもらった。

描いたのは確か、細部のメカメカしさをできるだけ緻密に描きこんだ、巻きグソ型のロボット。くだらないものだ。けれどもかなり気合いを入れ、実際、友達が「うめー!」などと言ってくれていた記憶がある。それひっさげてコンクールに参戦したわけだけど、その月の大賞は自分の絵ではなく、F君の描いたオリジナルキャラクター「ムヒョーおじさん」だった。ぱっと見、10秒くらいでさらさらっと描いた落書きのようだ。しかし、見れば見るほどおもしろく、描線のなめらかさも絶妙。僕は「本当の天才ってこういうやつのことなんだな……」と打ちのめされ、いい気になってそこに参加した自分が恥ずかしくてしょうがなかった。
この事件にはさらに追い討ちがあった。当時いちばんよく遊んでいた友達が、O君とS君だった。自分はまったくそんなタイプじゃなかったけど、彼らは兄弟の影響か不良っぽい雰囲気があり、ちょっとしたいたずらをして担任教師に「またこの3人組か!」などと言われると誇らしいような気持ちになったものだ。
そのO君が、たぶん軽い気持ちで僕をからかった。「わざわざ隣のクラスでやってるコンクールに参加するってことはさ、やっぱり大賞を取る自信があったんでしょ?」「ちげーよ!」と否定したけど、図星だ。しかしそれを認めるわけにはいかない。結果、口げんかになり、絶交し、なんとそのまま卒業してしまった。無駄なプライドほど不要なものはないと知り、それら大部分を酒で流し捨ててきた今ならば、「ははは、そうそう、も〜飲むしかないよ。よかったら今夜付き合ってくんない?」なんつってさらに親睦も深まろうというものだが、当時の僕にはそれができなかった。

芽が出ない節

中学時代、学習塾に通わされていた。勉強の才能もからっきしというわけではなかったようで、学年の中でもけっこう成績がいいほうだった。塾のクラスは定期テストの結果によって、下から、Bクラス、Aクラス、Sクラスと続き、基本的にSクラスをキープしていた。だけどやっぱり上には上がいる。その上に、Kクラスというのがあった。一度だけ、たまたまテストの結果が良く、Kクラスで授業を受けていた時期があったのだけど、驚くほどに世界が違う。嫌々やっている自分とは違い、周囲の天才たちは勉強を心から楽しんでいる。講師の言葉をスポンジのように吸収し、自分の中で消化し、それを応用して次々に高度な問題を解いてゆく。彼らは授業中のオーラからして違う。キラキラと目を輝かせ、前のめりになり、「もっと! もっと!」という心の声が聞こえてくるようだ。何ひとつついていけなかった。

高校時代、電気グルーヴと出会い、その刺激的な世界にのめりこんだ。テクノミュージックは楽器ができなくても作れると知り、機材を買い、曲作りやライブ活動に夢中になった。その趣味は長く続き、2001年に仲間とLBTというレーベルを立ち上げ、インディーズながら、わりと精力的にレコードやCDのリリースを重ねていった。20代の頃は、いつか音楽活動で有名になったり、生計を立てられるようになったらいいな、なんて夢を見ていたし、自分の作る曲がけっこういい線いってるんじゃないかとも思っていた。しかしながら、何年たっても、専門の音楽雑誌に活動が取り上げられるというようなことがない。つまり、売れる気配がない。その間、本当に才能のある若手ミュージシャンたちが次々に現れ、スターになっていった。

致命的にセンスのない球技全般を除き、自分はどうやら、わりとなんでも小器用にこなせるタイプの人間ようだ。絵を描くことも、勉強も、音楽活動も、人から褒められることがないわけではなかった。「なんでもできてすごいね」なんて言われることもある。しかし、だからこそ、真の天才に出会うたびに劣等感に押しつぶされそうになり、長年、器用貧乏な自分の性を恨んでいた。

悶々とした思いが消えぬまま30代になったある夜、ひとりベッドに横たわっていたら、生まれて初めて、歌詞とメロディーが同時に降りてくるという現象に遭遇した。よくミュージシャンがインタビューで語っているあれだ。

芽が出ない 芽が出ない 30過ぎても芽が出ない
芽が出ない 芽が出ない 何をやっても芽が出ない
芽が出ない 芽が出ない こんなにいいのに芽が出ない
芽が出ない 芽が出ない やる気はあるのに芽が出ない

生まれて初めてのタイミングでその歌詞か、って感じではあったけど、何かに追い立てられるように曲の形にして、「芽が出ない節」と名づけた。皮肉なことに、今まででいちばん反響も大きかった。結果この曲は、自分の人生を劣等感から解放してくれるきっかけになったように思う。それまで熱い想いを胸に活動してきた集大成を「ALCOHOLIC TUNES」(略してアル中)というアルバムにまとめ、そのラストに収録した。以降は、音楽活動も、人生も、「上には上がいることはもう知ってるし、売れても売れなくても、楽しくやれていたらいいやぁ」というスタンスに変わっていった。

今、そんな心境

そんな自分の劣等人生において、絶賛現在進行形で、確実に過去最高の衝撃を味わわせてくれている人物といえば、スズキナオさんに他ならない。彼の書く文章は、深く幅広い知識と、鋭い考察、そして、他の誰にも真似のできない優しい視点から書かれた、もはや文学だ。あまり褒めても「いや、オレなんて……」と否定するだけだろうが、彼を知る友人知人はみな、ナオさんは遅かれ早かれ先生と呼ばれるような文筆家になり、いろんな賞を取ることになるだろうと思っている。願っているのではなく、当然のように信じている。一方で僕の文章は、「なるべくわかりやすく取材対象の魅力が伝わればいいな」と意識して書いているだけのレポートにすぎない。とてもじゃないけど、ナオさんの足元にも及ばない。

考えてもみてほしい。そんなふうに思っている人物と交互にエッセイを書き、それが公開される。おのずと比較もされる。どんな苦行だ。 ではなぜそんな苦行、辱めに耐えられるかといえば、自分の劣等感に抗うことはとっくに諦めているからであり、加えて「酒」のおかげだ。

今、自分が胸を張って一番の趣味といえるのは、間違いなく「酒を飲むこと」だ。「酒の穴」の活動も兼ねてナオさんと酒を飲むのは楽しい。原稿を書くため、好きな酒のことについてあれこれと考えをめぐらせることも楽しい。ナオさんに限らず、僕より文才のある人も、酒や酒場に精通している人も、世の中にはいくらでもいる。その人たちに勝とうなんて考えはこれっぽっちもない。それでも今現在、正直いつどうなるかはわからないけど、酒や酒場についての文章を書くことで、なんとか暮らさせてもらっている。それ以上に何を望むことがあるだろうか。 劣等感の呪縛から解放され、ただゆるやかに酒を飲み、くだらない話をして笑う。せめて家族や目の届く範囲の友人知人が、なるべく長く無事であってほしいと願いながら。

……これまで書いてきたエッセイをなんとなく振り返り、そんなことを思って文章に綴る、締め切り前日の午前3時。すでにこの原稿が、人様に読んでもらうようなものではない、相当恥ずかしい自分語りであるという自覚が、はっきりと芽生えはじめています。それでももしあなたが今この文章を読んでいるのだとしたら、それは代替の原稿が締め切りまでに間に合わなかったということなんでしょうね。

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“よむ"お酒

パリッコ,スズキナオ
イースト・プレス
2019-11-17

この連載について

初回を読む
パリッコ、スズキナオののんだ? のんだ!

スズキナオ /パリッコ

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