酒と生きる【スズキナオ】

楽しいお酒、悲しいお酒、しあわせなお酒。どんな場面で、誰と、どんなふうに…。色々なお酒があって、色々な人生があって…。スズキナオさんによるそんなお話。
なんだか気ぜわしい僕たちの毎日には、楽しくて、ちょっとホッとできる「お酒」が必要だ! 本連載はそんなお酒をこよなく愛するあまり、「酒の穴」というユニットを結成してしまったパリッコさんとスズキナオさんが、酒にまつわるアレコレをゆるーく、ぬるーく書いていくリレーエッセイです。過去の連載へはこちらから。

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“よむ”お酒(イースト・プレス)

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町屋にて

何年か前、仕事帰りにふらっと荒川区の町屋まで飲みに行った。テレビでも見たことのある、界隈では有名らしいモツ焼き店に入ったのだが、平日の夜遅い時間だったためか、カウンターに男性客が二人いて、あとは私ひとりだけだった。
静かな店内でモツを少しずつ食べながら飲んでいると、男性客二人に「若い方がお一人で、珍しいですねぇ」と声をかけられた。そこから少し会話が続き、聞けば二人はお通夜の帰りだという。なるほど、言われてみれば喪服姿である。町屋には都内でも有数の大きな斎場が、駅から歩ける距離にある。お二人とも年の頃は60代半ばと見える。

話す声がなんともいいなと思っていたら、二人は落語家なのだという。落語家が大勢所属する協会に名を連ねていて、そういうところにいると、師匠や先輩、お世話になった関係者などなど、とにかく高齢の方がたくさんいて、もうひっきりなしに誰か亡くなるんだそうだ。
二人はいつも、町屋斎場の帰りにこの店で一杯飲んで行くのが習慣になっているそうで、「どんどん死ぬからもう頻繁に飲みに来るの。ついこの前も来たもんなぁ」と穏やかに笑っていた。「この歳になると、酒の席なんて葬式ばっかりなんだから」と聞き、いつか自分にもそんな酒が増える時が来るんだろうかと、話を聞いているうちにすっかり酔い、店を出た両足はふらふらと覚束ない。その席で聞いた話は覚えているのに、自分がその後どうやって帰ってきたのかまるで記憶がない。今でもその時のことは半分夢の中の出来事のような、変な感触を伴って頭の中に残っている。

ママの手帳

つい先日、その町屋に行くことがあった。町屋斎場へ。遠い親戚の告別式で、私の父のいとこなのだが、65歳で亡くなった。その人は東京の下町でスナックをやっていて、私の父は誰かと飲んでいて興が乗ると、タクシーに乗ってよくその店に顔を出していたようだ。私も何度か、巻き込まれるようにしてその店に飲みに行ったことがあり、父のいとこであるママは「あらー! もう! また無理矢理連れてこられちゃったんじゃないの? かわいそうに。無理しないで。水割り薄くしておく?」みたいに、若輩者にも優しく接してくれるのだった。
なんだかんだでその店に10回ぐらいは行ったかもしれない。私がその親戚と会ったのはほとんどその店の中でだけで、合計すれば人生の中のたった数時間にしか満たないが、勝手に親しみを覚えていた。帰り際にそっとお小遣いをくれたこともあった気がする。

そのママが亡くなり、町屋の斎場へ行った。ママはお店で働く女の子たちに愛情を惜しみなく注いだようで、すでにお客さんがお店の中で飲んでいる時間だろうと関係なく、女の子が出勤してきたらご飯とおかずとしじみの味噌汁を用意して、「お腹減ったでしょう!たくさん食べなさい」といつも言ったという。「一緒にハワイに行ったね」、「ゴルフも一緒にしましたね」、と、ママのお店で何年も働いた女性が弔辞を読むのを、私は父の隣に座って聞いていた。その後に、お焼香があって、喪主であるママの息子さんが挨拶をして、ママが闘病しながら最後までつけていた手帳に、「楽しい人生 辛い人生 我が人生に悔いなし」という言葉が書き留めてあったと話し、父の横で泣くのも恥ずかしいなと思って天井を見るようにしていたのだが、その挨拶が終わると、父は「俺の時はお前が挨拶するんだから、練習しておけよ」と笑い、なるほどあんなに立派な挨拶は自分には到底できそうにない、と気が重くなった。

いくつになっても

自分はいくつまで酒を飲んでいられるんだろうかと思う。父は今年70歳になるが、相変わらず飲んでいる。私の尊敬するライターやマンガ家の先輩たちは、父と比べるのは失礼なぐらい、もっとずっと若いけど、今40歳である私なんかの何倍も元気に飲んでいる。みんなタフだ。
92歳で亡くなった祖父は、最後までウイスキーを飲んでいた。小さなガラス瓶に、お医者さんに「これぐらいならいいでしょう」と決められた量のところで、マジックで線が引いてある。ボトルからその小瓶に中身を移すと一日に飲んでいい量がわかるわけだ。それを水割りにしてゆっくりと、大事に飲んでいる姿を何度か見た。
父の仕事仲間で、ガンを患って闘病中だという人に、「ウイスキーは抗がん剤と相性がいいから、こんな体になっても旨いんだよ」と言われた時、なんと返事をしていいかわからず困ったこともあった。抗がん剤と相性のいい酒なんてたぶんないよ!
とにかくみんな、自分の人生や自分の体と折り合いをつけながら、まあ、いくつになっても酒を飲んでいる。その道のりの遠さを思うと頭が下がる。酔ってすっ転んだり、間抜けなことの多い道だが。

歳をとり、愛しい人が次々いなくなっていく世界に取り残されて、もしそこでまだ自分が酒を飲んでいたら、それはどんな酒だろうか。それはそれでなかなかいいものなのか、その味わいについては飲んでみないことにはわからないが、きっと、その時飲んでいる酒も、今の自分が飲んでいる酒も、いなくなった人たちが飲んだ酒も、どこかでかすかに響き合っているんだろう。

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“よむ"お酒

パリッコ,スズキナオ
イースト・プレス
2019-11-17

この連載について

初回を読む
パリッコ、スズキナオののんだ? のんだ!

スズキナオ /パリッコ

なんだか気ぜわしい僕たちの毎日には、楽しくて、ちょっとホッとできる「お酒」が必要だ! 本連載はそんなお酒をこよなく愛するあまり、「酒の穴」というユニットを結成してしまったパリッコさんとスズキナオさんが、酒にまつわるアレコレをゆるーく、...もっと読む

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