定食界のビートルズが駒場で輝き続けるわけ【まぐろ生姜焼き定食】菱田屋

地元民から愛される絶品メニューがある。キャベツがぱりっと新鮮。漬け物はできる限り自家製。安い。女ひとりもOK。5条件を満たす定食屋を『東京の台所』の著者・大平一枝(おおだいらかずえ)が訪ね歩く。儲けはあるのか? 激安チェーン店が席巻するなか、なぜ地価の高い都会で頑張るのか? 絶滅危惧寸前の過酷な飲食業態、定食屋店主の踏ん張る心の内と支える客の物語。東大生の学食的な役割も担う、こだわりの店を紹介する。

 駒場東大前の菱田屋を取材するつもりだと言ったら、食通のバンドマンの友だちに、ショートメールで、ちょいがっかりふうに言われた。

『菱田屋行きますかー』

『なんかいまさら、ビートルズっていいよネ感が……』

 彼はわりにこの連載を楽しみにしてくれている。だから、その残念な気持ちはよくわかった。


黒板は、改装前からのもの。学生食堂らしさを残している

 有名すぎる。毎日行列ができる。人気の豚肉生姜焼き定食は、取材でなく、客として行ったある日は開店40分たらずで売り切れていた。店主の菱田アキラさんの料理本も出ている。

 おいしくて素晴らしい定食屋の最高峰みたいな存在で、わざわざこの連載で紹介しなくてもよいのではと言いたいのだ。

 当連載では、地価の高い東京で、それでもふんばっておいしい定食を安く出していて、できれば家族経営で、地元の人から愛されている、でも宣伝などにさく時間はないからそれほど知られていはいないという良店を紹介したい。菱田屋は、「知られていない」以外全部当てはまるが、これは致命的だ。

 まもなく、前述の彼からメールが届いた。

『でもやはり、ビートルズは入門バンドにして、すべてのバンドマンの究極の目標であるからして、菱田屋に行くのも理解できます(^o^)』



見た目以上に食べごたえのあるまぐろ生姜焼き定食。1150円。単品は300円引き

 私はじつは豚肉生姜焼き以上に、菱田屋に密かに感動していることがある。それは甘くて透明でピカピカ輝いた米の旨さと、3種の糠漬けだ。どちらも、料亭にも勝ると言い切れる。

 取材依頼時、一応「豚肉生姜焼き定食も」とお願いしたら、いつもそれを取り上げていただくので、できれば別のものにしたいとの返事が来た。

 よし、わかった。

 ビートルズに「レット・イット・ビー」のことを尋ねるのはやめよう。「ベイビー・イッツ・ユー」や「リアル・ラブ」など、トップ3にこそチャート入りしてないが名曲はたくさんある。

 私も定食界のビートルズに、豚肉生姜焼き以外にも聞きたいことが山ほどある。

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台所の数だけ、人生がある。お勝手から見えてきた、50人の食と日常をめぐる物語。

東京の台所

大平 一枝
平凡社
2015-03-20

この連載について

初回を読む
そこに定食屋があるかぎり。

大平一枝

絶滅危惧種ともいわれながら、今もなおも人々の心と胃袋をつかみ、満たしてくれる「定食屋」。安価でボリュームがあり、おいしく栄養があって…。そこに定食屋があるかぎり、人は店を目指し、ご飯をほおばる。家庭の味とは一線を画したクオリティーに、...もっと読む

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コメント

ts7i 糠漬けがうまそう。 https://t.co/Vidg1NA0PU 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

ivkky 店主のアキラさんがかっこよすぎる!今月中に菱田家さんの定食食べに行こう。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

I_love_kookas 写真と文字にじゅる~。最後に涙がじわぁ~っとくる。お腹空かして行ってみたいなぁ。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

toe_hiro まじめに作ること。それが一番かっこいい https://t.co/71wS320XxB 約2ヶ月前 replyretweetfavorite